休憩
炎が強風に煽られて、巨大な火球になった。
火球が棺に向かって飛んだ。
ぼうっ——
棺が燃え上がった。慌てたように蓋が開かれた。じゃじゃーん、というファンファーレが鳴った。
中から、黒マントの蝙蝠が、ぼろぼろの状態で転がり出た。
バンジーコードにぶら下がったまま、地面にぼてんと落ちる。
メイが、即座に両手剣で止めを刺した。
蝙蝠の身体が、無数のパルクール・バットに分裂して、坑道の奥へ逃げていった。
「(やったっす!)」
「(ガロン先輩、いいっす!)」
レナは最後尾で、棍棒を両手で握ったまま立っていた。前には出ない。けれど、視線は戦闘に釘付けになっている。
(……ガロンさんのファイアー)
(……すごい)
(……本当に、燃えてる)
レナはノートを、もう一度開いた。
ペンでメモを取る。
ガロンのファイアー/有効
ライナーが、岩棚から跳び降りた。
ぴょん——義脚の跳躍音。再びレナたちのいる通路に戻ってくる。
その背中の、視界の外。
残ったパルクール・バットの一匹が、岩壁から跳ね返って、ライナーの頭に向かって突っ込んでくる。
それがレナの視界に、入った。
とっさに身体が動いた。
「ライナーさん、後ろ!」
レナは棍棒を振り上げた。一歩、前に出た。
ヨナスが、ぱっと振り返る。
「嬢ちゃん、とりあえず、前にでてくるのやめてくれ」
ヨナスの長弓の矢が、瞬時に放たれた。
ぴゅん——パルクール・バットが、空中で撃墜された。
レナの棍棒は、振り上げたまま止まっている。
ライナーが振り返って、レナを見た。無表情。けれど、義眼の縁がわずかに緩んだ。
「(あ、笑った)」
メイが、横でこっそり言う。
「(ライナーさん、笑った、っすね)」
レナは、ぴょん、と後ろに戻った。
「す、すみません……」
「いや、いい」
ヨナスが、長弓を肩に戻す。
「度胸は、評価する」
「……」
「が、もう一度、言うぞ」
「はい」
「前にでてくるのは、やめてくれ」
「はい!」
レナは安全ヘルメットを、両手で、軽く押さえた。
***
残りのパルクール・バットを、メイとノラが片付けていった。
ライナーが、ディスコボルトDJのレコード盤を、もう一枚踏み潰した。ぱき、と乾いた音。音楽は、もう戻らない。
戦闘終了。
メイとノラが、両手剣とメイスを軽く振って、血を払った。ライナーが、斧を背中の鞘に戻した。ヨナスが、長弓を肩に引いた。
ガロンは、ぜーはー、と息をしていた。膝に手をついて、上半身を、低く折っている。
「うす……うす……」
ファイアー・ストームを連発して、ほぼ限界に来ていた。
特に腕の筋肉が引きつっているらしい。
ミラが、ガロンに駆け寄った。
「ガロン、息、整えて。深呼吸」
「うす……うす……」
「(さすが、筋肉ですべてを解決する魔法使い、ガロン)」
「(でも、なんだかんだ、いい仕事してるっすね)」
レナはしゃがんで、地面に転がったパルクール・バットの翼膜を、ノートとハンカチで包んだ。
四枚。慎重に、関節を折らないように押さえる。
「素材、確保、します」
「(え、レナさん、商売、できる、っすね)」
「(エンジニア、案外、たくましい)」
レナは軽く笑った。
けれど、手は震えていた。ハンカチを包む指先が、思い通りに動かない。何度か結び目をやり直した。
ガロンが、まだ、ぜーはー、している。
「ガロンさん、お疲れ様です」
「うす……レナさん……今のは、その、デモンストレーション、っす……ここからが、本番っすよ」
「(ガロン先輩、まだ見栄張ってる)」
「(ちょっとかわいそうっすね)」
ミラがガロンの背中を、軽く擦った。
「無理しないで。あなたはまだ病み上がりなんだから」
「うす……そ、そうっすね」
ヨナスが、ふっと息を吐いた。
「休憩、入れるか」
***
戦闘の後、少し進んだ先に、古い待機場のような広場があった。
天井がわずかに高くなっていた。岩肌に削られた跡が残っている。
誰かが、ここを休憩所として使っていたらしい。冷たい石の上に、各自が腰を下ろした。
ガロンが、革のバッグから固いパンを取り出して、配り始めた。ミラが、温かいお茶を、金属のカップに注いで配る。湯気が、青みがかった携帯灯の光に、薄く立ち上る。
レナはパンを受け取った。ずしりと重い。指でちぎろうとして、ちぎれない。
「あ……硬い……」
「冒険者用、っす」
ガロンが、手のひらでパンを半分に割って、レナに差し出した。
「ありがとうございます」
「うす」
レナはパンを口に入れて、噛んだ。麦と、塩と、わずかな油の味。噛むほどに、味が出てくる。
ヨナスが、ふと、レナの隣に腰を下ろした。
少し離れた距離。膝を立てて、長弓を、その膝の脇に置いた。
「……お嬢さん」
「は、はい」
「ノート、よく、書くな」
「あ、はい。エンジニアの、習性、で」
「ふぅん」
ヨナスの口の端が、わずかに動いた。
「あの、ヨナスさん」
「ん」
「依頼を受けてくださった理由、まだ分からなくて……どうして、そんなにダイナモンキーを大事にしてくれるんですか。冒険者の皆さんにとっては、どんなモンスターなんですか」
ヨナスは、しばらく答えなかった。
携帯灯の青みがかった光が、灰色の髪を照らしている。左頬の古い傷跡が、影の中に沈む。
「……二十年前」
レナが、固いパンの最後のひと口を、口に入れたまま止まった。
「あの夜、何が、あったか、知ってるか」
「はい……世界各地でモンスターの氾濫が起きて……王都がドラゴンに襲われたと聞いています。父からは」
「ああ」
「おかげで、王都の電線網はほぼ壊滅した……と」
「……」
ヨナスは、しばらく間を置いた。
「誰が、そのドラゴンを撃ち落としたか、知ってるか」
レナは首を振った。メイとノラも首を振る。ミラは、白衣の懐から医学誌を取り出して、ぱらぱらとめくり始めていた。レナはノートのペンを、握ったまま、止めていた。
ライナーは、義脚を伸ばして座っている。義眼が、わずかにヨナスの方を向いていた。
「公式には、国の軍の特別部隊、ってことになってる」
「……」
「だが、現場の冒険者の間では、別の噂がある」
「……」
「人間が、モンスターに姿を変えた——と」
レナの腕の毛が、ぞわっと逆立った。
ガロンの口が、開いた。
「……人間に擬態していたモンスター、っすか」
「ああ」
ヨナスは、続けた。
「エジソン・ゴクウ——っていう、災害級モンスターだ。定格は10kWだが、異様な数のスキルを駆使する。深層に住む古代種で。地表に出てくることは、まず、ない」
「エジソン・ゴクウ……」
「古代種の事はまだよくわかっていないが、恐らくそいつはダイナモンキーの、祖先帰りではなかったかと言われている」
ヨナスは、うなずいた。
「俺がダイナモンキーを保護する理由は、そんなところだ」




