モンスターと人間の境界
ギルマスは椅子にもたれた。天井を見た。
「レナ」
「はい」
「お前のプレゼン、よくできてる。観察も立派だ」
「……ありがとうございます」
「だが」
レナは息を止めた。
「昨日、街の者と話し合った」
「……」
「俺は、無電線化する方針だ」
レナの肩が、すとん、と落ちた。
(……ギルマスも)
ギルマスは続けた。
「ヘルマンの口添えで決めたわけじゃねえ。あいつは、お前のおやじから聞いた話を俺に伝えただけだ。判断は俺がした」
「……」
「街の者も、概ね同じ意見だ。盗電の損失は、市民の電気料金にはね返ってる。冠雪害の死傷者も毎年出てる。電線天蓋は、もう限界だ」
「……」
「お前の言う『文化』を否定するつもりはねえ。だが、文化は命より軽い」
レナは頷くしかなかった。
「……わかりました」
「うん」
「お時間を、ありがとうございました」
レナは、よろよろと立ち上がった。資料をまとめ始めた。
そのとき。
執務室の扉が開いた。
「ギルマス、いいか」
ヘルマンが入ってきた。革のコート。油汚れの黒い手。首にいつもの白布巾。
ヘルマンはレナを見て、軽く目を見開いた。
「……お嬢さん」
「あ、ヘルマンさん……」
「来てたのか」
「は、はい」
ギルマスが、ふっ、と笑った。
「ちょうど終わったとこだ」
「ふぅん」
ヘルマンは、入口脇の椅子に腰を下ろした。レナのすぐ隣。
レナは資料をまとめる手を止めた。席を外すべきか、迷った。けれどヘルマンが何を話しに来たのか、気になった。
ヘルマンは、ギルマスを見た。
「で、決まったか」
「ああ」
「無電線化、進めるってことでいいか」
「ああ」
「そうか」
ヘルマンは、それだけ頷いた。驚かなかった。怒らなかった。
レナは、ヘルマンの横顔を見た。
(……わかってた、最初から)
胸がちくり、と痛んだ。
ギルマスが義肢の指で机を叩いた。カチ、カチ。
「ヘルマン、念のため確認しとく」
「ああ」
「中央通りから代替の地下電線を引く工事を進める。最終的に、街の電線天蓋はほぼ撤去される」
「ああ」
「だが、ダイナモンキーが引いたケーブルに関しちゃ、代替を引くつもりはねえ」
レナの手が、止まった。
「撤去工事費も捻出できねえ。そのままになる」
「ああ」
「電気は流れねえ。発電機から切り離される。何も運ばねぇ電線だけが残っちまう」
「まあ、そりゃそうだろうな」
ヘルマンは頷いた。当然のように頷いた。
ギルマスはヘルマンの顔をしばらく見た。それから低く続けた。
「モンスターの作る構造物は、法的にはダンジョンの一部と見なされる」
レナのノートを握る指が、ぴく、と動いた。
「キマイラの巣。ゴブリンの城。ミミックの宝箱」
カチ。
「むやみに壊そうとすると危険を招く――そう判断される構造物は、ギルドの権限で保護する義務がある」
「……」
「ダイナモンキーの電力インフラも同様だ。ダンジョン付随物として処理する方針だ」
「ああ」
「つまり、ダイナモンキーの作った物には、俺は直接手を出せねえ。困るのは、ダンジョンから市街地手前の森までの、電線の仕分けだ。作り方を誰かさんが教えたせいで、『境界』があいまいになっちまってる……その線引きに、手を貸してもらう事になる」
ヘルマンは、しばらくギルマスの顔を見た。それからぽつりと頷いた。
「……わかった」
レナの胸が、急に熱くなった。
(……ダイナモンキーが、作ったものは……)
(……けど、発電設備みたいな大規模なものは、作れない……)
(……私だ)
(……私が、作るしかない)
ギルマスが、机をもう一度叩いた。カチ、カチ。
「そういうことだ」
レナは深く頭を下げた。
「……ありがとうございます!」
ギルマスが、ぴく、と眉を上げた。
「あ?」
「失礼します!」
レナは資料を抱えた。
ヘルマンが軽く口を開きかけた。
「おい、お嬢さん――」
「また来ます!」
レナは、執務室を飛び出した。
扉が、ばたん、と閉まった。
***
執務室。
ヘルマンとギルマスが残った。
しばらくの沈黙。
ヘルマンはぽつりと口を開いた。
「……あいつ、何か勘違いしてねえか」
「どうかな」
ギルマスは義肢の指で机を叩いた。カチ、カチ。
「俺は、お前に話してたつもりだったが」
「ああ」
「あの娘、何を聞いていたんだ」
「さあな」
ヘルマンは椅子から立ち上がった。けれど廊下に出る前に、軽く息を吐いた。
「まあ、いいさ。あいつはいつも、考えるより先に動く」
「……」
「動いた先で、なにか見つけてくる、そういう奴だ」
ギルマスは、頷いた。
「あんまり目を離すな、危ねえことになったら追え」
「ああ」
ヘルマンは扉に手をかけた。けれど押さなかった。指先で木目をなぞった。
「ギルマス」
「ん」
「あんた、今ので、よかったのか」
「……何が」
「あの娘の前で、あれを言うってのは……」
ギルマスは、しばらく答えなかった。義肢の指を一度、組み直した。
「何の話だ、俺はお前に話してたつもりだ、と言ったろ」
「ああ」
「だが、あの娘がいるってのは、わかってた。……何をするつもりかまでは、知らんさ」
「ふぅん」
ヘルマンはそれ以上聞かなかった。扉を押した。




