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電線ジャングル迷宮都市の電線はなくならない  作者: 桜山うす(J.I.A)
電線ジャングル迷宮都市の冒険者たち
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24/51

ダイナモンキーのイルミネーション

 電線ジャングルの第七区画は、街の外周部のさらに奥にあった。


 合同パーティは列を作って進んだ。前衛のライナーを先頭に、縦に長く伸びている。ガロンは、ミラに押されるようにして、後衛の中ほどを歩いている。ミユンは後衛の最後尾。長い杖を地面に軽く突きながら歩いていた。


 第七区画は、電線ジャングルの中でも、特に密度の高い区画だった。電線が上下左右、何重にも交差していた。普段の街路の上の電線天蓋とは、別物の密集ぶり。コロナ放電の薄紫光が、ぱち、ぱち、と四方から漏れている。雪がその光に、ちらちらと、反射していた。


 ヨナスが、進みながら短く説明を続けた。


「ダイナモンキーの群れは、こういう密度の高い区画に、コロニーを作る」


「駆除依頼は、過去にも、何度か、出た」


「だが、ここ二十年は、まともな駆除は、行われてない」


「理由は、現場で、わかる」


 スライム狩り娘たちが、首を傾げた。ガロンも、ミラも、何も言わない。ライナーは、無言で前を進んでいる。ミユンは後ろから、すべてを観察している。


 電線天蓋の隙間から、雪が、ちらちらと落ちてくる。コロナ放電の音が、四方から低く聞こえる。それ以外には、冒険者たちの革のブーツが、雪を、ぐしゃ、ぐしゃと、踏む音だけがしている。


 進んで、十分ほど経った頃。


 第七区画の、中心部に近づいた。


 ヨナスが、片手を上げた。全員が止まった。


 そして、ヨナスは指を上に向けた。


「……見ろ」


 全員が、上を見上げた。


 電線天蓋の、はるか上の暗闇の奥に、ぽつ、ぽつ、と、小さな光が、灯っていた。


 ダイナモンキーの尻尾の発光器官、のように見えたが、少し様子が違った。


 色とりどり。妖精の粉のような、淡い緑。廃魔石ネオンの破片のような、青。ライン蛭の発光器官のような、橙。


 その光が、一つ、また一つ、と、増えていった。


 最初は、まばらに、十、二十。やがて、五十、百。それから、何百、何千。


 電線天蓋全体に、整然と並んだ光の列が、立ち上がっていく。デタラメな配置ではなかった。電線の上下左右の交差に寄り添うように、けれど、美しく見えるように、配置されている。


 スライム狩り娘たちが、口を開けたまま、何も言わなかった。


 ガロンが、ぽつりと呟いた。


「……うわ」


 ミラも、無言で見上げている。ライナーも、片目の義眼をわずかに光らせて、上を見ている。ミユンは、長い杖を両手で握って、ただ見ている。


 光は、動いていない。けれど、消えてもいない。電線天蓋の、暗闇の奥で、ただ整然と灯り続けている。


 ヨナスが、低く言った。


「……これだ」


 雪が、その光の下を、ちらちらと降り続けている。淡い緑と、青と、橙と、そして降ってくる白い雪が合わさって、見上げる視界がぼんやりと、ひとつの大きな光る空になっていた。


 冒険者たちは、しばらく誰も口を開かなかった。


 しばらくの、沈黙の後で。


 ミラが、冷静にヨナスに向き直った。


「ヨナスさん」


「ん」


「相手の姿が、見えないなら、魔法使いに、範囲魔法を、撃たせれば、いいのでは」


「……」


「ガロン、範囲魔法、撃てる?」


「ええ……?」ガロンは、ぜーはー、と息をしている。「は、範囲……攻撃……?」


 ミラは、構わずに続けた。


「それに照明魔法で上を照らせば、相手の姿を視認できます」


「戦闘自体は、可能なはずです。ダイナモンキーは、強いモンスターでは、ありません。本物の数も、そこまで多くはない」


 スライム狩り娘たちが、ミラの方を見て頷いた。他パーティの冒険者も、武器を握り直す。ミラの言うことは、技術的に正しかった。


 ヨナスは、しばらく上を見ていた。光は、整然と灯り続けている。


 そして、片手を軽く上げた。


「待て」


 ヨナスは、振り返って全員を見渡した。


「お前らに、話しておく」


 冒険者たちが、静かにヨナスを見た。


「二十七年前」


「冬の、盗電が、問題になった」


「今と、同じように、契約電力超過の、報告が、上がった」


「ギルドに、駆除依頼が、来た。当時のギルドマスターが、受けた」


 ヨナスは、しばらく、間を、置いた。


「大規模な、ダイナモンキーの討伐が、行われた」


「大量のダイナモンキーが、倒された」


「俺も、その場に、いた」


「新人だった」


 雪がヨナスの肩に、ちらちらと積もっていた。ヨナスはそれを払わずに続けた。


「だが、結果として、盗電は、終わらなかった」


「なぜか」


 ヨナスは、しばらく間を置いた。


「人間が、盗電していたからだ」


 スライム狩り娘のノラが、思わず声を出した。


「えっ」


「スラムの連中が、暖を取るために、電線から電力を、引き入れて」


「ゴミ捨て場のヒーターを修理して、冬をしのいでいた」


「ダイナモンキーに、自発的に盗電をするような知性はない。すべて人間の真似をしていただけだった」


「俺たちは、それを知らずに、ただダイナモンキーだけを撃った」


 冒険者たちが、誰も口を開かなかった。雪がヨナスの灰色の髪に、ちらちらと積もっていく。


「……だが、その頃からだ」


「あいつらは、冬の、討伐の時期が、近づくと、こうして、電線ジャングルに、イルミネーションを、飾るように、なった」


 ヨナスは、もう一度上を見上げた。色とりどりの光が、整然と灯り続けている。


「亡くなった、仲間を、しのんでいるのか」


「それとも、もう一度の、討伐を、恐れて、俺たちを、威嚇しているのか」


「理由は、よく、分からない」


 ヨナスは、しばらく上を見ていた。


「だが、あいつらにとっても、忘れられない夜だったんだろう」


「俺たちに、20年前の忘れられない夜が、あるのと、同じ、ように」


 ――ライナーの右脚の関節が、ふっ、と軋んだ。左目の義眼が、わずかに伏せられた。本人は表情を変えなかった。ミユンがライナーをちらっと見て、視線を上に戻した。


 ヨナスは、続けた。


「こればかりは、誰の、真似でもない」


「あいつらが、独自に、始めたことだ」


 ヨナスは、視線を冒険者たちの方に戻した。


「俺は、この儀式を、止めるべきでは、ないと、思っている」


「少なくとも、俺には、その資格が、ない」


 冒険者たちが、ヨナスを見ている。


「俺は、二十七年前に、バカを、みた」


「お前たちに、もう一度、同じことを、させたくは、ない」


 ヨナスはそれだけ言って、また上を見上げた。


 光は、整然と灯り続けている。


 ***


 しばらくの沈黙が続いた。


 ミラが、ぽつりと言った。


「……了解しました」


 ガロンも、頷いた。


「っす」


 スライム狩り娘たちは、無言で頷いた。


 他パーティの冒険者たちも、武器を降ろした。


 ライナーは、最初から武器を構えていなかった。


 ミユンは、長い杖を地面に軽く突いて、上を見ていた。エルフの視覚で、彼女には暗闇の中の、群れの輪郭が見えている。けれど、何も言わなかった。


 ヨナスが、最後に言った。


「……発見できず、で、いいか」


「いいだろう」と、他パーティのリーダー格が頷いた。


「俺には、どこにダイナモンキーがいるのか、分からない」


 全員が頷いた。誰も反対しなかった。


 ヨナスは、もう一度上を見上げた。それから、ゆっくりと踵を返した。


「撤収だ」


 ***


 撤収。来た道を引き返す。


 電線天蓋の薄紫光が、また、ぱち、ぱち、とちらつき始めた。雪は、まだ、ちらちらと、降っている。色とりどりのイルミネーションは、進行方向が、変わるにつれて、視界の後ろにゆっくりと後退していった。


 縦列の最後尾を、ミユンが長い杖を突きながら、歩いている。彼女の前を、ライナーが無言で歩いていた。彼女の後ろには誰もいない。


 ライナーの金属の右脚が、ふっ、ふっ、と、低い音を立てる。雪を、ぐしゃ、ぐしゃと、踏む音と混ざって、一定のリズムで続いている。


 ミユンが、ぽつりと誰にともなく、独り言をこぼした。


 ……私は、迷宮都市で、人間と、モンスターの、境界を、研究している。


 この街では、時々、その境目が、曖昧に、なる。


 どこからが、人間で、どこからが、モンスターなのか。


 何十年、通っても、答えが、出ない。


 ミユンは、軽く笑った。


 ……今夜も、出なかった。


 けれど。


 いいデータが、取れたわ。


 ミユンは、空を見上げた。電線天蓋の、薄紫の光の向こうに、もうイルミネーションは見えなかった。


 ただ、薄紫光と、降り続ける雪と、後退していく何千もの色の記憶だけが、ミユンの中に残っていた。

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