ダイナモンキーのイルミネーション
電線ジャングルの第七区画は、街の外周部のさらに奥にあった。
合同パーティは列を作って進んだ。前衛のライナーを先頭に、縦に長く伸びている。ガロンは、ミラに押されるようにして、後衛の中ほどを歩いている。ミユンは後衛の最後尾。長い杖を地面に軽く突きながら歩いていた。
第七区画は、電線ジャングルの中でも、特に密度の高い区画だった。電線が上下左右、何重にも交差していた。普段の街路の上の電線天蓋とは、別物の密集ぶり。コロナ放電の薄紫光が、ぱち、ぱち、と四方から漏れている。雪がその光に、ちらちらと、反射していた。
ヨナスが、進みながら短く説明を続けた。
「ダイナモンキーの群れは、こういう密度の高い区画に、コロニーを作る」
「駆除依頼は、過去にも、何度か、出た」
「だが、ここ二十年は、まともな駆除は、行われてない」
「理由は、現場で、わかる」
スライム狩り娘たちが、首を傾げた。ガロンも、ミラも、何も言わない。ライナーは、無言で前を進んでいる。ミユンは後ろから、すべてを観察している。
電線天蓋の隙間から、雪が、ちらちらと落ちてくる。コロナ放電の音が、四方から低く聞こえる。それ以外には、冒険者たちの革のブーツが、雪を、ぐしゃ、ぐしゃと、踏む音だけがしている。
進んで、十分ほど経った頃。
第七区画の、中心部に近づいた。
ヨナスが、片手を上げた。全員が止まった。
そして、ヨナスは指を上に向けた。
「……見ろ」
全員が、上を見上げた。
電線天蓋の、はるか上の暗闇の奥に、ぽつ、ぽつ、と、小さな光が、灯っていた。
ダイナモンキーの尻尾の発光器官、のように見えたが、少し様子が違った。
色とりどり。妖精の粉のような、淡い緑。廃魔石ネオンの破片のような、青。ライン蛭の発光器官のような、橙。
その光が、一つ、また一つ、と、増えていった。
最初は、まばらに、十、二十。やがて、五十、百。それから、何百、何千。
電線天蓋全体に、整然と並んだ光の列が、立ち上がっていく。デタラメな配置ではなかった。電線の上下左右の交差に寄り添うように、けれど、美しく見えるように、配置されている。
スライム狩り娘たちが、口を開けたまま、何も言わなかった。
ガロンが、ぽつりと呟いた。
「……うわ」
ミラも、無言で見上げている。ライナーも、片目の義眼をわずかに光らせて、上を見ている。ミユンは、長い杖を両手で握って、ただ見ている。
光は、動いていない。けれど、消えてもいない。電線天蓋の、暗闇の奥で、ただ整然と灯り続けている。
ヨナスが、低く言った。
「……これだ」
雪が、その光の下を、ちらちらと降り続けている。淡い緑と、青と、橙と、そして降ってくる白い雪が合わさって、見上げる視界がぼんやりと、ひとつの大きな光る空になっていた。
冒険者たちは、しばらく誰も口を開かなかった。
しばらくの、沈黙の後で。
ミラが、冷静にヨナスに向き直った。
「ヨナスさん」
「ん」
「相手の姿が、見えないなら、魔法使いに、範囲魔法を、撃たせれば、いいのでは」
「……」
「ガロン、範囲魔法、撃てる?」
「ええ……?」ガロンは、ぜーはー、と息をしている。「は、範囲……攻撃……?」
ミラは、構わずに続けた。
「それに照明魔法で上を照らせば、相手の姿を視認できます」
「戦闘自体は、可能なはずです。ダイナモンキーは、強いモンスターでは、ありません。本物の数も、そこまで多くはない」
スライム狩り娘たちが、ミラの方を見て頷いた。他パーティの冒険者も、武器を握り直す。ミラの言うことは、技術的に正しかった。
ヨナスは、しばらく上を見ていた。光は、整然と灯り続けている。
そして、片手を軽く上げた。
「待て」
ヨナスは、振り返って全員を見渡した。
「お前らに、話しておく」
冒険者たちが、静かにヨナスを見た。
「二十七年前」
「冬の、盗電が、問題になった」
「今と、同じように、契約電力超過の、報告が、上がった」
「ギルドに、駆除依頼が、来た。当時のギルドマスターが、受けた」
ヨナスは、しばらく、間を、置いた。
「大規模な、ダイナモンキーの討伐が、行われた」
「大量のダイナモンキーが、倒された」
「俺も、その場に、いた」
「新人だった」
雪がヨナスの肩に、ちらちらと積もっていた。ヨナスはそれを払わずに続けた。
「だが、結果として、盗電は、終わらなかった」
「なぜか」
ヨナスは、しばらく間を置いた。
「人間が、盗電していたからだ」
スライム狩り娘のノラが、思わず声を出した。
「えっ」
「スラムの連中が、暖を取るために、電線から電力を、引き入れて」
「ゴミ捨て場のヒーターを修理して、冬をしのいでいた」
「ダイナモンキーに、自発的に盗電をするような知性はない。すべて人間の真似をしていただけだった」
「俺たちは、それを知らずに、ただダイナモンキーだけを撃った」
冒険者たちが、誰も口を開かなかった。雪がヨナスの灰色の髪に、ちらちらと積もっていく。
「……だが、その頃からだ」
「あいつらは、冬の、討伐の時期が、近づくと、こうして、電線ジャングルに、イルミネーションを、飾るように、なった」
ヨナスは、もう一度上を見上げた。色とりどりの光が、整然と灯り続けている。
「亡くなった、仲間を、しのんでいるのか」
「それとも、もう一度の、討伐を、恐れて、俺たちを、威嚇しているのか」
「理由は、よく、分からない」
ヨナスは、しばらく上を見ていた。
「だが、あいつらにとっても、忘れられない夜だったんだろう」
「俺たちに、20年前の忘れられない夜が、あるのと、同じ、ように」
――ライナーの右脚の関節が、ふっ、と軋んだ。左目の義眼が、わずかに伏せられた。本人は表情を変えなかった。ミユンがライナーをちらっと見て、視線を上に戻した。
ヨナスは、続けた。
「こればかりは、誰の、真似でもない」
「あいつらが、独自に、始めたことだ」
ヨナスは、視線を冒険者たちの方に戻した。
「俺は、この儀式を、止めるべきでは、ないと、思っている」
「少なくとも、俺には、その資格が、ない」
冒険者たちが、ヨナスを見ている。
「俺は、二十七年前に、バカを、みた」
「お前たちに、もう一度、同じことを、させたくは、ない」
ヨナスはそれだけ言って、また上を見上げた。
光は、整然と灯り続けている。
***
しばらくの沈黙が続いた。
ミラが、ぽつりと言った。
「……了解しました」
ガロンも、頷いた。
「っす」
スライム狩り娘たちは、無言で頷いた。
他パーティの冒険者たちも、武器を降ろした。
ライナーは、最初から武器を構えていなかった。
ミユンは、長い杖を地面に軽く突いて、上を見ていた。エルフの視覚で、彼女には暗闇の中の、群れの輪郭が見えている。けれど、何も言わなかった。
ヨナスが、最後に言った。
「……発見できず、で、いいか」
「いいだろう」と、他パーティのリーダー格が頷いた。
「俺には、どこにダイナモンキーがいるのか、分からない」
全員が頷いた。誰も反対しなかった。
ヨナスは、もう一度上を見上げた。それから、ゆっくりと踵を返した。
「撤収だ」
***
撤収。来た道を引き返す。
電線天蓋の薄紫光が、また、ぱち、ぱち、とちらつき始めた。雪は、まだ、ちらちらと、降っている。色とりどりのイルミネーションは、進行方向が、変わるにつれて、視界の後ろにゆっくりと後退していった。
縦列の最後尾を、ミユンが長い杖を突きながら、歩いている。彼女の前を、ライナーが無言で歩いていた。彼女の後ろには誰もいない。
ライナーの金属の右脚が、ふっ、ふっ、と、低い音を立てる。雪を、ぐしゃ、ぐしゃと、踏む音と混ざって、一定のリズムで続いている。
ミユンが、ぽつりと誰にともなく、独り言をこぼした。
……私は、迷宮都市で、人間と、モンスターの、境界を、研究している。
この街では、時々、その境目が、曖昧に、なる。
どこからが、人間で、どこからが、モンスターなのか。
何十年、通っても、答えが、出ない。
ミユンは、軽く笑った。
……今夜も、出なかった。
けれど。
いいデータが、取れたわ。
ミユンは、空を見上げた。電線天蓋の、薄紫の光の向こうに、もうイルミネーションは見えなかった。
ただ、薄紫光と、降り続ける雪と、後退していく何千もの色の記憶だけが、ミユンの中に残っていた。




