集結
日没が近かった。
ギルド本部前の広場には、四つの冒険者パーティ、計十数人が集まっていた。
電線天蓋の薄紫光が、夕空に立ち上がり始めている。雪はまだ、ちらちらと降っていた。
広場の中央に、二人の男が立っていた。
一人は、五十代。灰色がかった髪に、深い皺。左頬に古い傷跡が走っている。革のコートに金属パーツがいくつか縫い付けてある。背中に長弓。《ヨナス》――今日の合同パーティのリーダーで、ヘルマンと同世代の、引退間近の古参冒険者。
もう一人は、四十代前半。無表情で寡黙。背中に大ぶりの斧。右脚の膝から下が金属製で、歩くたびに、カシュッ、と低い金属音がする。左目が義眼で、暗闇でも見えるように特注で組まれている。《ライナー》――魔石義眼の縁の処理を見ただけで、ヴァイス工房製とわかる。ギルマスと同じ、精巧な作りだった。
彼らの元に集まった若い冒険者の中にも、ヴァイス工房にゆかりのある顔ぶれがあった。
ガロンが、革ジャケットの代わりに、明らかに新調された魔法使いのローブを肩に引っかけている。ローブの下から、剣士時代に鍛え上げた腕がはみ出している。
隣にミラ。白衣ではなく、革の防寒着の上に回復道具を吊り下げたベルト。
その後ろに、マリアの店に通っているスライム狩り娘の二人組。赤い装甲のメイと、青い装甲のノラ。両手剣と、盾とメイス。冬装備の上から装甲を装着している。
そして後衛の隅にミユン。長い杖を地面に軽く突いて立っている。革のジャケット、長い金髪、革の弓のケース。傷病兵舎の窓から見た、朝の姿のままだった。
ヨナスが口を開いた。
「お前ら、今夜は、長くなる」
冒険者たちが、静かにヨナスを見た。
「ダイナモンキーの大規模討伐、ってのは、聞いてるな」
「目的地は、電線ジャングルの、奥の、第七区画」
「契約電力超過の、報告が、上がってる。原因は、ダイナモンキーたちによる『盗電』」
「国営電力会社からの、正式依頼だ。ギルドが、受けた」
冒険者たちが、静かに、頷いた。
ヨナスは、手元の冒険者カードの束を、取り出した。
「お前ら、自己紹介は、省くぞ。時間が、ねえ」
「ジョブと、得意技だけ、聞いていく」
何人かの冒険者が、簡潔に、答えていく。
「戦士、両手剣」
「レンジャー、罠」
「ヒーラー、回復術」
「スライム狩り、両手剣」(メイ)
「スライム狩り、盾とメイス」(ノラ)
ライナーは、無言でヨナスを、見ているだけだった。ヨナスも、ライナーのカードは確認しなかった。長年の付き合いで、もう分かっているのが伝わった。
ミユンの番になった。
「魔石工学研究者……研究者?」
「ええ」
「ダンジョンには潜らないし、魔石の研究ができるような依頼じゃないと思うが」
「いけない、かしら?」
「まあいい」
ヨナスは、軽く肩をすくめて、次に進んだ。
そして、ガロンの番になった。
ヨナスは、ガロンのカードを、しばらく見ていた。
「……ガロン」
「っす」
「お前のジョブが、魔法使いで、登録してあるんだが」
「っす」
「……何かの、間違いじゃ、ねえのか」
スライム狩り娘たちが、無言で肩を震わせている。
ガロンは、ぐっ、と胸を張った。
「っす! 間違いじゃ、ねえっす!」
「俺、本気で、魔法使いに、なったんっすよー!」
ヨナスは、ガロンの顔をしばらく見た。
それから、ガロンの全身を見た。
魔法使いのローブの下から、はみ出している、ムキムキに鍛え上げられた腕を見た。
「……ふぅん」
他パーティの戦士の一人が、横から口を挟んだ。
「ヨナスさん、こいつ確か、戦士極めてて、この前まで剣士レベル六でしたよ」
「バトルマスター直前で、転職した、ってのは、聞いた」
「そうそう、それっす」と、ガロン。
ヨナスは、しばらく考えてから、ぽつりと言った。
「……ちょっと、見せてみろ」
「えっ」
「魔法、使えるとこ、見せろ。話は、それからだ」
スライム狩り娘たちが、目を、輝かせた。
「(きた!)」と、メイ。
「(ガロン先輩の、新技、見れる!)」と、ノラ。
「先輩じゃ、ねえし」
ガロンが立ち上がって、広場の中央に出た。他パーティの冒険者たちも、ちらちらと見ている。
ガロンは、ふー、と呼吸を整え、杖を構えた。
「ファイアー!」
その瞬間、ガロンはものすごい高速で、杖を突き出す。空気摩擦で、杖の先端に、ぱっ、と火が起こる。
「ストーム!」
次に、ものすごい高速で、魔法使いのマントをはためかせる。ぐるぐると渦を巻き、有圧換気扇のごとく強風が生まれる。
「ファイアー! ストーム! ……ファイアー! ストーム!」
リズミカルに、何度も何度も反復する。
「……ファイアー・ストーム!」(ピコ太郎風)
二つの魔法、否、物理現象が合体し、炎の渦がガロンの眼前にぶわっと立ちのぼった。
スライム狩り娘たちが、無言で肩を震わせている。広場の他の冒険者も、ぽかんとしている。
「(すごくない? 逆に、すごくない?)」と、メイ。
「(さすが、元バトルマスター候補やわ、筋肉ですべてを解決してる)」と、ノラ。
「(こんなんされたら、ミラ、惚れ直してしまうやろ)」
「(いやー、私やったらメロメロやわー)」
ミラは、腕を組んで無表情で、その様子を見ていた。
ガロンが、ふっ、と息を整えて、ドヤ顔で続けた。
「ふっ、今のは、デモンストレーションっす!」
「今日はまだ誰にも見せたことのない新技の、ファイアー・ランスを、お見舞いするっすよ!」
などと言いつつ、槍を、マントの内側に、セットする。何が入っているか分からない、マジック・バックを脇に抱えていた。
「ディス・イズ・ア・ラーンス!」
バッと槍を高く掲げ、ピコ太郎風ファイアー・ランスが発動しようとした、その時。
ミラが、ぽつりと言った。
「アイシクルランスは、どうやるの?」
ガロンが、ぴたっ、と、止まった。
「あ、アイシクル、ランス……?」
明らかに、気が動転していた。
どうやら、まだ考えていなかった魔法ネタだったらしい。
だが、ガロンはここで引き下がるような男ではなかった。
「わ、分かったっす……見てるっすよ……」
ふー、と、息をつく。ガロンは素早く地面に屈みこむと、足元の雪を、マジック・バッグにどかどかと詰め込み始めた。
やがて下準備が完了すると、間髪入れずに魔法を発動させた。
「ディス・イズ・ア・ラーンス!」
槍を、ばっ、と、前に突き出す。続いて、黒マントの内側から、大量の雪を取り出した。
「うおおおおおお……ッ!」
ぎゅうぎゅうに圧縮する。今日の気温はマイナス二度、外気が低すぎて、本来うまく雪玉にならないはずだったが、ガロンの掌が生み出す得体の知れない高圧によって、氷のように硬くなってしまう。そのまま、槍の先端部分と取り替えて、氷の槍を作り、投げ放った。
「アイシクルラーンス!」
氷の刃を持つ槍が、木の真ん中に、どかっと突き刺さった。
まわりの冒険者たちはぽかんとしていた。スライム狩り娘たちが、大笑いした。
「(でたー! バトルマスター流、アイシクルランスやー!)」
「(あかん、これは、かっこいい!)」
「(ミラに、ええとこ見せてしもうた!)」
「(いやー! さすがに、これはもうメロメロやろー!)」
ガロンが、ふっ、と、やり切ったドヤ顔で、ミラの方を振り返った。
ミラの目が、まるで氷のように、鋭かった。
ガロンが、ぎょっ、と固まった。
「(あれー!? なんでや、ミラの顔が、こわなってるー!?)」
「(ガロン、がんばれー!)」
「(あかん、このカップル、目が、離せんわー!)」
ライナーが、無表情のまま、ちらっとヨナスを見た。ヨナスは、肩をすくめた。
ミユンが、その騒ぎを横で見ながら、ぽつりと独り言をこぼした。
「……人間とは、不思議な、ものね」
ヨナスは、諦めたように、ふっ、と息を吐いて、ガロンのカードに、何かを書き込んだ。
「……わかった、魔法使い、だ」
「っす!」
「ポジションの希望は」
ガロンは、ぜーはー、息をしていた。アイシクルランスの一発で、もう疲労困憊だった。
「タンク(盾役)で」
ミラが、横から即座に突っ込んだ。
「ちょっと! 病み上がりなんだから、後衛でDPSでしょ!」
「……こ、後衛」
ぜーはー、息をするガロン。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……たのむから、前衛で、タンクをさせてくれ」
「ダメ」
「俺のMP(物理)が、限界に、きてる」
「だから、後衛」
「いや、せめて、中衛で、アタッカーを」
「ダメ! 後衛!」
ガロンが、必死に懇願する。スライム狩り娘たちが、また無言で肩を震わせている。
しぶしぶ、ガロンはヨナスに向き直った。
「後衛で、おなしゃす」
「ガロン、お前、MP(物理)が切れたら、どうやって後衛で戦うんだよ」
「それは、その、後衛から、走って、前に出て、殴って、戻ります」
「倍疲れるだけだろ……もう前衛でいいだろ、それ」
「主治医が、ダメだって」
「主治医が、言うなら、しょうがねえな」
ヨナスは苦笑して、後衛にガロンを回した。
ミラの隣だ。
それから、ヨナスは続けて編成を組んでいった。
前衛にライナー、他パーティの戦士二人、スライム狩り娘のメイ。
中衛にスライム狩り娘のノラ、他パーティのレンジャー二人。
後衛にガロン、ミラ、ミユン、他パーティのヒーラー一人。
ヨナスは、最後に、ミユンの方を、見た。
「ミユン先生」
「はい」
「今日は、戦力として、加わってくれるんだな」
「ええ。けれど、判断は、あなたに、任せるわ」
「了解だ」
ミユンは、長い杖をライナーの方に、軽く傾けた。
ライナーは、無言で頷き返した。
二人は、知り合いらしい。
ヨナスは、全員を、見渡した。
「よし、行くぞ」
冒険者たちが、それぞれの装備を最終確認して、ギルド前広場を出発した。
電線天蓋の薄紫光が、ぱち、ぱち、と、頭上で明滅している。雪はまだ、ちらちらと降り続けていた。




