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電線ジャングル迷宮都市の電線はなくならない  作者: 桜山うす(J.I.A)
電線ジャングル迷宮都市の冒険者たち
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25/51

退院

 ギルド本部の執務室。


 ギルマスが義肢の指で机をカチカチと叩いていた。窓の外では、雪がまだ降り続けている。執務室の暖炉が、薪の音を立てて燃えていた。


 扉が開いた。


 ヨナスが、報告書を机に置いた。


「発見できず、だ」


 ギルマスは、しばらく報告書を見ていた。表紙だけ目を通して、それからぽつりと言った。


「……お疲れだった」


「ああ」


 ギルマスは、報告書を引き出しにしまった。それから、ヨナスに視線を戻した。


「ヘルマンには」


「今夜は、関係ない、話だ」


「そうだったな」


 ヨナスは頷いた。それから、革のコートの肩の雪を軽く払った。


「お前のところには、明日、国営電力会社から、抗議が来るかもしれん」と、ヨナス。


「だろうな」


「どうする」


「いつも通り、だ」


「……『発見できなければ、しょうがない』、か」


「そうだ」


 ヨナスは、軽く息を吐いた。それから、もう一度ギルマスの方を見た。


「ライナーが、今夜、来てたな」


「ああ」


「あいつ、最近、調子は」


「義眼の調整に、月一で、ヘルマンのところに、通っている」


「……ふぅん」


「お前と、同じだ。長い付き合いだ」


 ヨナスは、それ以上は何も言わずに、執務室を出た。扉がぱたりと閉まった。


 ギルマスは、しばらく義肢の指で、机をカチカチと叩いた。それから、ぽつりと独り言をこぼした。


「……二十年か」


 執務室の中には、暖炉の薪が、ぱち、と、爆ぜる音と、机の上の時計の、規則的な秒針の音だけが聞こえていた。


 ***


 翌朝。


 レナは、いつものようにフレークの保存容器と、温めた山羊乳の水筒を抱えて、宿を出た。


 雪はもう降っていない。けれど、昨夜までの雪が、街全体に白く積もっている。電線天蓋の薄紫光が、朝の光に薄く溶けていく。


 傷病兵舎の廊下を、レナはいつもの足取りで、歩いた。配膳室で麦雪を皿に盛り、山羊乳を回しかけ、湯気の立つそれを、両手でミユンの病室まで運ぶ。


 扉をノックした。


「ミユンさん、おはようございます」


「どうぞ」


 扉を開けた。


 レナは、皿を持ったまま、しばらく入口で止まった。


 ミユンは、もう長旅の支度を終えていた。革のジャケットを羽織り、長い杖を傍らに立てかけ、革の弓のケースを肩に掛けている。それから、大きめの背負い袋がベッドの脇に、置いてあった。


「ミユンさん」


「おはよう、レナ」


「もしかして、もう、行かれるんですか」


 ミユンは、ふふ、と、笑った。


「ええ。いいデータが、取れたから、いちど、大学に、戻るわ」


 レナは、皿を机に置きながら、軽く首を傾げた。


「……お早いんですね」


「そうね。研究者は、ひらめいたら、すぐ、動かないと」


 レナは、フレークの保存容器を、もう一つ鞄から取り出して、ミユンに手渡した。


「旅の途中で、召し上がってください」


「ありがとう」


 ミユンは、容器を背負い袋にしまった。それから、ふとレナの方を見た。


「レナ」


「はい」


「あなたの、ご研究、面白かったわ」


「……ご研究?」


「麦の、雪」


「ああ」


「大学で、広めても、いいかしら」


「もちろん、です」


「ありがとう」


 ミユンはもう一度、軽く笑った。


「また、来るわ。きっと、すぐ」


「お待ちしてます」


 ミユンは、レナの肩を軽く、ぽん、と叩いて、病室を出た。長い金髪が廊下の角を曲がって、見えなくなった。


 レナは、空になったミユンのベッドを、しばらく見ていた。


 シーツはすでに剥がされて、たたまれていた。枕は整えられている。机の上に、ミユンが置いていった小さな書き置きが、一枚あった。


 レナは、書き置きを取り上げて読んだ。


 ////


 美味しかったわ。


 ありがとう。


 ////


 それだけ。


(……昨日、何が、あったんだろう)


(……「いいデータが、取れた」)


 レナは、自分のノートを、開いた。一行、書いた。


『ミユンさん、帰る』


 外では、雪がまたちらちらと降り始めていた。電線天蓋の薄紫の光が、朝の光に溶けていく。


 ノートを閉じて、レナは傷病兵舎を出た。何があったかは、知らないまま。


 ***


 工房に戻ると、ヘルマンがいつもの作業台でコイルを巻いていた。バルトは定位置。プラントは片隅で、ごー、と回り続けている。


「親方、ただいま戻りました」


「おう」


 レナは、書類鞄を下ろして、量産プラントの点検を始めた。


「ダイナモンキーの討伐、中止になったそうです」


「だろうな」


「親方……なにか知ってます?」


「いいや……ただ」


「ただ?」


「ギルマスが、あいつだからな。あいつはこの町で一番信頼のできる男だ」


 ヘルマンはコイルを巻く手を止めなかった。レナも何も聞かなかった。


 工房の中の何もかもが、いつも通りだった。


 外では、雪が降り続けていた。


 ***


 それから、約一ヶ月後。


 王都、国営電力会社本部の、ある会議室。


 窓の外には、整然と並ぶ無電線化された街並み。電線のない空が冬を青く染め上げている。


 会議卓には、決裁書類が一枚。



 //////


【国営電力会社 第十七管区 緊急対策本部 設置通達】


【一、設置の根拠】近時、第十七管区(迷宮都市送電拠点)において、モンスターによる盗電現象および冠雪害による送電損失が頻発し、王都向け送電系統の安定運用に支障を来している。


【二、対策本部の権限】本対策本部は、当該管区における送電インフラの再整備に関する一切の権限を、本社の名において行使する。


【三、対策本部長の指名】対策本部長には、転移塔ウォーデンクリフ・タワー事業部 カーシュタイン本部長を充てる。


【四、派遣期間】 8061年 1月12日より、対策本部解散までの間。


 //////



 決裁印が三つ押されている。

 このページが、めくられる。


 ***


 迷宮都市、送電拠点のオフィス。

 電線天蓋の下、無骨な石造りの建屋。

 中は机が並び、書類が積まれ、配電盤の音が低く唸っている。


 朝、各所長の朝礼。


「ついに国が動くらしい」


「中央から技術者が来るとさ」


「転移塔送電を実現して、王都のインフラを完全地中化したあの男だ」


「カーシュタイン本部長……名前だけは、聞いたことがある」


 ざわめき。歓迎と、警戒と、ほんの少しの誇り。

 自分たちの管区が、ついに本社の本気の対象になった、という複雑な感情。


 書類の束が、配られる。


【対策本部 立ち上げ準備資料】


 表紙には、迷宮都市の送電網略図と、王都との接続関係図が示されていた。


 電線天蓋の下を縫って走る、無数の送電ライン。

 そのうちの何割かに、赤い線が引かれている。


『撤去候補ライン』と書かれている。


 所長の一人が、つぶやく。


「……信じられん、この街の電線を全部消す気か」


 別の所長が、首を振る。


「いや、我々に手が出せるのは、自社設備だけだ。地元の電線は別系統になるはずだが……恐らく、あの男は、本気だ」


 書類の地図を見る限り、迷宮都市の主要な送電ラインのほぼ全てが、赤い線で消えていた。

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