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電線ジャングル迷宮都市の電線はなくならない  作者: 桜山うす(J.I.A)
電線ジャングル迷宮都市の冒険者たち
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20/51

ギャロッピング

 傷病兵舎を出る。

 帰り道、レナは見知らぬ街を見るような気持ちで歩いた。


 電線天蓋の、はるか上の方。線守ギルドの革のロングコートの二人組が、長い鉤棒を慎重に振っている。

 雪塊が、ぼたっ、と路地の脇の安全な場所に落ちる。

 落ちた場所には、すでに目印の旗が立っている。線守ギルドが、事前に人の通らない場所を指定している。


 路地の角。

 別の工房の見習いらしき若い男が、革ジャケットの肩に雪を積もらせて立っている。

 手に依頼書らしき紙の束。ヴァイス工房への、誰かからの頼みごと。


「親方は、午後から、お戻りです」と、レナは声をかけそうになって、引っ込める。今日はヘルマンがいつ戻るか分からない。


 通りの向こうから、湯気の出る屋台の方に、三人組が歩いてくる。

 装甲にダンジョン帰りらしい泥と、雪。

 腰の検査証に、黄色いシール。

 迷宮都市の冒険者の風景。


 三人組の一人が、屋台のおばちゃんに何か言って、おばちゃんが何か言い返して笑う。

 レナは、しばらく立ち止まって、その光景を見ていた。


 電線天蓋の上の、線守。


 路地の角の、依頼を持って待っている、職人の見習い。


 屋台に並ぶ、冒険者。


 三つのギルドが、それぞれのリズムで、冬の朝を、回している。

 レナは、王都本社の開発部の一階の廊下を、ぼんやり思い出した。


 朝、レナが出社すると、エレベーターの前に、開発部の同じスーツの、同じ歩幅の同じ顔ぶれが並んでいる。

 みんな、コーヒーを片手に同じ階に上がっていく。同じ会議室に同じ時間に入っていく。


(……あそこにあったのは、一つの、リズムだけだった)


 レナは、フェネクのほうを、見た。


「フェネク、迷宮都市って、面白い街だね」


『はい、レナ』


『面白いです、レナ』


 レナは、ふっ、と笑った。

 それから、また歩き出した。靴底が、湿った雪を、ぐしゃ、ぐしゃ、と踏んだ。


 ***


 工房の大扉は、いつもよりしっかり開いていた。

 半分ではなく、両側に大きく。


 レナが顔を覗かせると、奥でヘルマンが、バルトの足元にしゃがみ込んでいた。

 手元に、何かのチェックリストの紙。床に、いろいろなものが並べられている。


「親方、おはようございます」


「ふぅん」


 ヘルマンは、振り返らない。チェックリストに、ペンで何かを書き入れている。

 レナは近づいて、床に並べられたものを見た。


 足場用の冬装備。革のオーバージャケットと、ロープ用のハーネス。

 防水加工された、長いロープ。

 加熱式の半田鏝。普段、工房の中で使うものよりも、ひとまわり大きい。屋外用だろうか。


 電線の、替えの束。何種類かの太さで、まとめて紐で縛ってある。

 ウンゴリアントの毒液を染み込ませた布の小袋。職人街では、絶縁補強剤として当たり前に使われている。


 そして、その隣に。

 木箱が一つ置いてあった。


 レナは、その木箱の中身を見て、息を止めた。

 お手製のリアクトルが、十数個並んでいた。


 この前、レナがヘルマンに正式に発注した、AGM-RR-001の試作系列。

 鉄心の周りにエナメル銅線を、丁寧にぐるぐると巻きつけた、ヘルマンの手癖の塊。


「親方、これ……」


「今夜の分だ」


「今夜?」


「切れる。切れたら、こいつを付けに行く」


 ヘルマンは、チェックリストをまた見下ろした。ペンを進めた。

 レナは、木箱のリアクトルを、しばらく、見ていた。


(……これ、私が、頼んだもの)


(……これが、今夜、現場で、使われる)


 胸の奥が、わずかに熱くなる。それから、すぐに別の感情が追いつく。


(……これが現場で使われる、って、どういうこと)


(……どこに、使われてるんだろう)


 ***


「親方」


「ん」


「これ、もう、どこかに、ついてるんですか」


 ヘルマンは、ペンを止めた。立ち上がって、革ジャケットの背を、ぴんと伸ばした。


「来い」


 レナは、ついていった。

 工房の奥の壁。

 普段、レナがあまり近寄らない薄暗い場所。

 そこに大きな迷宮都市の電線網略図が貼ってあった。


 街全体の、線。

 職人街、市場、駅前、傷病兵舎、冒険者ギルド本部、国営の系統、転移塔の終端。


 レナは、地図をしばらく眺めた。

 赤い点が、街のあちこちに打ってある。

 十数箇所。


「これ、ですか」


「ああ」


 レナは、赤い点を目で追った。

 傷病兵舎の系統。

 ヴァイス工房を含む、職人街の数ブロック。

 冒険者ギルド本部の系統。

 テレビのおばあちゃんの、住む区画。

 それから何箇所か、レナが知らない場所。


「先に、入れた。困る順に」


「……困る順」


「ダメになると、誰かが死ぬ順だ」


 レナは、ペンを止めた。

 ノートには、まだ何も書いていない。けれど、ペンを握る指がわずかに止まる。


(……困る順)


(……死ぬ順)


 本社の企画書の書き出しを思い出す。


「市場性のある順」「収益性の高い順」「ブランド露出の最適化」。


 レナは三年間、その順番でものを並べてきた。

 目の前の地図の赤い点の並びは、それとはまったく違う論理だった。

 レナは、地図の空白の場所を見た。赤い点が打たれていない大きな区画。


「他は?」


「国営の系統だ」


「……入れない、んですか」


「冒険者ギルドは手を出せねぇ」


 ヘルマンの口調に、嘲りはない。

 事実を事実として述べる声。

 レナは、その口調をしばらく頭の中で反芻した。

 本社にいたころ、開発部長が決算報告のときに、似た口調で何かを言っていた、気がする。けれど思い出せない。


 ヘルマンは、地図から目を離して、また装備のほうへ戻っていった。

 レナは、しばらく地図の前に立っていた。


(……ヘルマンさんは、リアクトルの試作を、私から頼まれて)


(……商品化前の、自分で作った試作を街に、配ってる)


(……毎日、自分の手で、巻いて)


(……一個ずつ)


 レナは、ノートに何も書かなかった。書く言葉が見つからない。

 代わりに、もう一度、地図の赤い点の並びを、目でなぞった。


 ***


 日没。

 レナが、ジャンク棚の整理を終えたころ、工房の窓の外が、急に薄紫色に染まり始めた。


 レナは、窓に近づいた。


 電線天蓋全体が、コロナ放電で、ぱち、ぱち、と、薄紫の光を、立ち上げていた。

 初雪の朝に、レナが初めて見た景色と似ている。


 けれど今夜は何かが違う。

 電線が、上下にゆっくり波打っている。


 湿雪の重みで、電線そのものがたわんで、それが風と温度差の影響で、上下に揺れている。

 一本ではない。何本も、何十本も。空全体が波打っているように見える。


「……フェネク、これ、なんて、いうの」


『データによると、《ギャロッピング》、と呼ばれる現象です、レナ』


「ギャロッピング」


『はい、レナ』


「……綺麗だけど、不気味」


『同意します、レナ』


 レナの後ろで、ヘルマンが装備の最終チェックを終えていた。

 革ジャケットの内ポケットに、硬い飴を、いつもより多めに詰めている。


 そのとき。

 工房の魔導通信機が、鳴った。


 短く、三回。

 間を、置かずに、もう一度、三回。

 さらに、もう一度、三回。


 レナの、ペンを握る指が、止まる。

 先日、ヘルマンが出動したあの音。

 あのときは、一度きりだった。今夜は、続けて三件。


 ヘルマンは、革ジャケットを羽織った。襟を整えた。

 バルトの定位置に近づいて、起動用の魔石に手を触れた。


 バルトの胸の深い場所で、ぶうん、と低い唸りが生まれる。

 胸の核が、ゆっくりと光を強める。


 ヘルマンは、レナのほうを振り返った。


「お嬢さん」


「はい」


「今夜は、来い」


 レナの心臓が、軽く跳ねた。


「現場を見ろ」


「……はい」


「フェネクも連れて来い」


「はい」


 レナは、エプロンの上から、もう一枚、厚手のジャケットを羽織って、ノートとペンを、内ポケットに収めた。

 マフラーを、首にしっかり巻き直した。


 バルトが、ゆっくりと立ち上がった。床が低く揺れた。


 工房の大扉が、ぎい、と開いた。


 外は、湿った雪と、薄紫のコロナ放電と、波打つ電線天蓋の夜だった。

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