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ヴァイス工房

『ヴァイス工房』と書かれた看板は、思っていたより小さかった。


 もっと正確に言うなら、看板は普通サイズだったが、高い所にあって見にくい。どうやら建物が看板の予想を裏切って大きくなりすぎたようだ。


 間口は十数メートル。両開きの巨大な扉が片方だけ開け放たれていて、中から金属を打つ音、何かがきしむ音、人の怒鳴り声、そしてリレーのカチカチが波のように溢れてくる。


 レナはフェネクを連れて、その扉の中に踏み込んだ。

 そして、また、空を見上げる羽目になった。

 またしても、口がぽかーんと開きっぱなしになった。


 天井までの高さは、たぶん二十メートル以上ある。

 鉄骨が交差する屋根の下に、巨大な何か——飛空船の機関部らしい銀色のホイール——が宙に浮かんでいた。

 正確には、三メートルを優に超える人型ゴーレムが二機、両側からそれを支えていた。


 船の側面に乗り込んだ職人が、水平器をかざして叫んだ。


「右三ミリ旋回!」


 ゴーレムの一機が、わずかに動いた。ゴゴッ、と地響きが伝わる。


「オーライ! オーライ! はいストップ!」


 ぴたりと止まる。職人がすぐさま固定金具を当てがい、別の職人が下から金槌を打ち込む。火花。火花。船に固定されると、ゴーレムがゆっくり手を離す。続いてもう一人が船の腹に潜り込み、配管を繋ぎ始める。


 彼らの一番奥で、ひときわ大きなゴーレムがのっそりと動いていた。


 身長は、おそらく四メートル近い。重厚な、騎士像をそのまま動かしたような人型。歩くたびに油圧の蒸気が、ぶしゅーっ、と関節から漏れ、複数のリレーがカチカチカチ、カチカチカチ、と音を立てている。家ほどもある巨大な部品を、軽々と——いや、軽そうには見えないが、確かな手つきで——船の側面に運んでいく。


 レナはぽかんとそれを見上げて、首を右から左、左から右へと、ゆっくりめぐらせていた。


 足元のフェネクも、視覚センサーをまっすぐ天井に向けていた。


『……レナ』


「うん」


『あの船、まだ翼が付いていないように見えます』


「うん」


『ということは、ここで作っているのでしょうか』


「……うん、工房だものね」


『工房というより、造船所では』


「うん、私もそう思った」


 二人とも、しばらく動けなかった。


 ***


 どれくらいぼうっとしていただろうか。


 頭上から、声が降ってきた。


「よう」


 見上げると、すぐ近くにいる大型ゴーレムの肩から、年配の男が片手で梁を掴みながらこちらを見下ろしていた。作業着の胸ポケットからペンチがのぞき、首には無造作に布巾を巻いている。眉間に深い皺。手のひらは黒い。


「客か」


「あ、はい、あの——」


 男はこちらの返事を待たずに、ゴーレムの肩からするりと滑り降りた。ゴーレムが膝を曲げて手のひらを差し出し、男がその上に乗って地上まで運ばれた。息の合った移動。エレベーターよりも速い。


 地に足をつけた男は、レナを一瞥し、それから視線を下げた。フェネクに留まった。


 そのまま、しばらく動かなかった。


 興味を示している、というより、職人が新しい工具を見る目つきだった。


「……そいつ、最新型か」


「あ、はい。今年出たばかりの……」


「液晶パネル型を積んでるな」


「え、見ただけでわかるんですか」


「小さいのに動きがなめらかだ。リレーで同じことをやると、どうしてもデカくなりすぎる」


 男は相棒のゴーレムを、ぽんぽん、と叩いた。


 リレーというのは、小さなガラスケースの中で、魔石を魔法陣にぶつけたり離したりして魔法を起動させる、『石可動式』の部品のことである。


 この石を動かしているのは、魔法ではなくただの『磁力』だ。

 これは、電線に電流が流れると磁力が発生する、『励磁』と呼ばれる物理現象を応用した電気製品である。

 じつは、地球にもリレー接点と呼ばれるそっくりな機器がある。


 ともかく、この工房のゴーレムは強さだけでなく、繊細な動きも要求される。

 必然的に体が大きくなって、背中や胸の機関部には、大量のリレーを搭載するようになっていた。


 対するフェネクの小さなボディに内蔵されているのは、あらかじめ魔石の組み込まれた液晶パネル。

 こちらは液晶パネルに描写される魔法陣を切り替えることで、数百枚の魔法陣を置くスペースを省くことができる、最新の技術だった。

『石可動式』とは対になる設計思想の『陣可動式』の魔工機において、省スペースの極致を達成したものだ。


 いずれも、電力を魔力に変換する部品なので、『E2M関連部品』と呼ばれる。

 現代社会になくてはならない、ウェルハランド王国を代表する魔工機だった。


 男はしゃがみこんで、フェネクの正面に顔を寄せた。


「よう、どうしたボウズ。飛空船作りは珍しいか」


 フェネクの装甲が、わずかに点滅した。


『はじめまして。私はAGマギクラフト・コーポレーション開発部、レナのサポートAI、フェネクです』


 男は片眉を上げた。


「ほう」


 それから、にやりと笑った。


「喋んのか。こいつはすごいな」


 驚きはあった。だが声は落ち着いていて、むしろ面白がっている色の方が強かった。この手の職人には、新しい技術を目の敵にする者も多かったが、彼はむしろ珍しいものに触れるのがうれしいみたいだった。


「自己紹介もちゃんとできるのか。この大きさで音声合成積むのは大変だったろう」


『はい。蓄電池の容量配分には設計上の工夫が』


「いいいい、技術話は後で。あとでゆっくり聞かせろ」


 男は立ち上がり、ようやくレナの方に向き直った。


「で、お嬢さんがそのフェネクの主人か」


「主人というか、ええと、所有者です」


「同じことだ」


 男は布巾で手を拭いた。黒い汚れがさらに広がっただけだった。


「ヘルマン・ヴァイスだ。ここの親方をやってる」


「レナ・カーシュタインです。AGマギクラフト・コーポレーションから……」


「ああ、AGか。最近で言ったら『E19』の発注元だな」


「は、はい……?」


 レナはとっさに頷いたものの、『E19』という品番が自社のどの製品の何の部品なのか、即座には思い出せなかった。

 たぶん大型室外機のホイールか、あるいはモーター用の大型E2Mか、そのあたりのはずだ。


 悔しい、自社の製品カタログのスペックをすんなり思い出せないなんて。


 ヘルマンはそれに気づいたのか、気づかなかったのか、表情を変えずに続けた。


「で、何の用だ。新規発注なら工場長に話してくれ。あいつ今、上で配管やってるが」


 ヘルマンが顎で天井を示した。先ほどから飛空船の腹に潜り込んでいる職人のことらしい。


「いえ、発注ではなくて」


 レナは深く息を吸った。ようやく、ここまで来た。本題を切り出す瞬間だった。


「実は、御社から納品いただいているE2M関連部品について、少々お伺いしたい件がありまして」


 ヘルマンの眉が、わずかに動いた。


 奥の方で、四メートルの巨体が、運んでいた部品を静かに台座に置いた。

 リレーのカチ、という小さな音が、なぜか妙にはっきりと聞こえた

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