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ジャンク市場

 ヘルマンが作っているE2Mは、電気から魔力を生み出す部品のことだ。

 この世界に魔法産業革命を起こしたといわれる、2つの魔工機のひとつ。


 一般的に魔力は、設計にない魔法を勝手に発動させたり、触れたものに宿ってエンチャントしたりと、とても扱いにくいエネルギーである。


 なので、保存したり、遠方に送るときには、電気エネルギーに変換すると遥かに効率がよかった。


 今では、スマホに入る小型のものから、船に乗せるような大型のものまで作られている。

 1ミリの誤差も許されない、精密なE2Mの部品を作るには、ヘルマンのような凄腕の職人の技術が必要だった。


「そうか、とりあえず中で話を――」


 ヘルマンは何か言いかけて——口を開きかけて——そのまま、ふと視線を下げた。


 レナの足元、フェネクに留まった。


 そしてしばらくそのまま動かなかった。眉間の皺がさらに深くなる。


「お嬢さん」


「はい」


「あんたのフェネク、調子悪くなってないか?」


 レナは目を瞬いた。


「え——」


『私の動作は正常です、レナ』


「いや、良くない。ちょっと見せてみろ」


 ヘルマンは、しゃがみこんでフェネクの装甲に耳を寄せた。耳というか、こめかみを当てた、と言った方が近い。眉を寄せたまま、しばらく無言で何かを聞いていた。


「コンデンサの妖精粉、半分以上抜けてる。あと右後脚のモーターが変に回転してる」


『自己診断には、異常はございません』


「自己診断ってのはな、自分で測れる範囲しか測らねえんだよ」


 ヘルマンは立ち上がり、作業着の腰に手をやった。


「お嬢さん。本題はちょっと待ってくれ。先にこいつ、応急処置する」


「あ、いえ、フェネクは後で工場に出しますので——」


「ここは、迷宮都市だぞ。あんたんとこの工場、何キロ先だ」


「……四百キロ、くらいです」


「手遅れになる。急いだほうがいい」


 ヘルマンは何も言わずに、ただ親指で工房の扉の方を指した。出るぞ、という意味らしかった。


 ***


 工房から五分ほど歩くと、空気が変わった。


 正確には、空気の臭いが変わった。


 スライム被覆の青臭さに、油の焦げた匂いが混じり、そこに何か甘ったるい——花のようでもあり、腐った果物のようでもある——香りが重なってくる。

 レナはハンカチを取り出しかけて、ヘルマンが平気な顔をしているのを見て、ぐっと我慢した。

 彼女はこれでも一端のエンジニアだ、田舎の職人に対して、若干の対抗意識があった。


 路地が大きく開けて、市場が現れた。


 通りの両側に、屋台というには雑な、しかし露店というには大きすぎる、トタン板と布で囲っただけの店が連なっていた。

 それぞれの店の前に、得体の知れない部品が山積みになっている。

 コイル、配線、コンデンサ、用途不明の魔石、誰かのゴーレムから外したらしい関節パーツ、なぜか銀食器、なぜか古い辞書。


 店の上には、色とりどりの魔石ネオンが吊られていた。橙、緑、紫、明滅する青。

 レナの頭上で、ライン猫が一匹、電線を伝って向こう側の屋根に飛び移っていった。


『レナ』


「うん」


『ここは、何という場所ですか』


「……たぶん、ジャンク市、だと思う」


『地図には載っていません』


「うん、なんかわかる」


 ヘルマンは振り返らずにずんずん奥へ進んでいく。レナは慌ててついていった。フェネクは大人しくレナの後ろをついてくる。

 言われてみると、たしかに普段より少し、足音が遅れている気がした。


 ヘルマンが最初に立ち寄った店は、間口二メートルほどの狭い店だった。

 床に、ガラス瓶が無造作に並べられている。瓶の中には、何か小さな光が閉じ込められていた。蛍のようにふわふわと舞い、瓶の壁にぶつかっては反射する。


 妖精粉だ。と頭の中の知識が結びついた。


 レナは思わず屈み込んだ。


「これ、本物の妖精粉ですか」


 店主——不機嫌そうな顔をした中年女——が、煙草を咥えたままじろりとレナを見た。


「他の何に見えるんだ」


「いえ、王都だと、こんなに無造作に並べないというか……壊れやすい部品ですし」


「壊れたら壊れたで、また採ってくりゃいい」


「採って……採れるんですか? 妖精粉が? どこで?」


「妖精以外から、妖精粉を採ってくる方法があるのかい?」


 レナはとっさに反応できなかった。


 妖精の粉は、王都では極めて厳重に扱われる素材だった。

 専用の防振ケースに入れ、温度管理をし、輸送も認可業者が担当する。

 まさかそれを、ガラス瓶に入れて路上に並べる剛の者がいようとは。


 ヘルマンは慣れた手つきで瓶を二、三本選び、振り、底を覗き、一本を女に渡していた。

 どうやら迷宮都市では当たり前のことらしい。


 さらに店の奥の棚を見ると、二リットルのペットボトルが並んでいた。


 中身は真っ黒だった。光を吸い込む、底のない黒。瓶の側面に、白いシールで雑に「ウンゴリアント原液」と書かれていた。値札には、三千六百ガル。


 レナは値札を二度見した。


「えっ」


「ん?」


「ええっ、ウンゴリアントの毒液……やっす!」


 ヘルマンが振り返った。


「やっす、って」


「いや、王都だと、これ、一リットルで一万ガルくらいで……しかもアラクネー混合の希釈品だったりするんですが……」


「ああ、王国の法律じゃ、劇物指定だったか」


「そうですよ! 取扱資格がないと買えなくて、こんなにふつうにペットボトルで売ってるなんて……」


「これも、第二階層で普通に出るからな、ここじゃ」


「ええー……」


 レナは、ペットボトルの黒い液面を見つめた。

 光がどんどん吸い込まれていく闇の液体。覗き込めば視界の縁が暗くなるほどに、それは光をむさぼっていた。

 ちなみに、これは魔力遮断塗料の材料になる。

 精密機械で魔力の影響がないように保護するには必須の素材だった。


 レナは、おずおずと尋ねた。


「あの、店主さん、これ、劇物の取扱資格って、持ってます?」


 店主は、禿げ上がった頭を撫でながら答えた。


「あんた、これ採ってくる冒険者が資格持ってると思うか?」


 レナは口を閉じた。

 迷宮都市は、半分ダンジョンの中のようなものだった。

 まさに『無法地帯』。


 ヘルマンが横で笑いをこらえている気配がした。


 ***


 工房に戻ると、ヘルマンは作業台の隅にフェネクを座らせ、買ってきた部品を並べた。

 光の入った瓶、コイル、銅板、それからウンゴリアントの毒液(結局これも一本買った)。


 レナは横で彼の手際を見ていた。


 ヘルマンはフェネクの背中の整備パネルを開け、内部を覗き込んだ。


「妖精粉、ここまで抜けるのは早ぇな。前のメンテから一年経ってねえだろ、こいつ」


「……はい、半年です」


「ふぅん」


 ヘルマンは光の瓶を手に取り、軽く振った。瓶の中の光が舞った。


「たぶん、街に入ってから一気に減ったんだろうな」


「街に入ってから……?」


「電線ジャングルだ。街全体がコンデンサみたいになって、静電気を蓄えている。新型は繊細だからな、影響を受けたんじゃないか、こいつぁ」


 ピンセットで、フェネクの基盤から小さな何かをつまみ出す。針の先ほどのトランジスタ。中に入っていた光は、ほとんど消えかけていた。


 ヘルマンは、新しい瓶から光のかけらを針で取り出し、空になったトランジスタに移し、半田ごてで素早く封じた。動きに迷いがなかった。


 レナは思わず呟いた。


「……それ、メーカー保証外になったりしませんか?」


「保証なんざ知るか。壊れたら自分で直すのがエンジニアだろ」


「ええー……」


 半田の煙が薄く立ち昇った。


 レナは何も言えなかった。


 そしてヘルマンは——ここからが妙だった——作業の最後に、太い銅電線の切れ端を取り出した。

 それを指でくるくると器用に巻いて、小さなコイル状にすると、フェネクの後頭部にある通信アンテナにぐるぐると巻きつけた。


「……それは」


「おまじないだ」


「おまじない」


「ああ」


 レナは何か言おうとして、結局言葉が出なかった。職人の手元では、銅電線が綺麗にぐるぐると巻かれていた。

 理由を聞いても「こうすると調子いい」しか返ってこなかった。レナの魔石工学の知識にはないものだ、あれは何なんだろう。


 ヘルマンは整備パネルを閉じ、フェネクの頭をぽんと叩いた。


「動いてみろ」


 フェネクの装甲が、起動時の青い光をひと巡りさせた。


『……動作正常です。むしろ、街に入る前より状態が良いように感じます』


「だろうな」


『不思議です。なぜでしょうか』


「おまじないだ」


 ヘルマンは布巾で手を拭いた。黒い汚れがまた広がった。


「で、お嬢さん」


「はい」


「さっきの話だ。うちの部品に何があった」


 レナは、息を吸った。


 先ほどよりずっと、話しやすかった。


「すみません、エアコンが大量リコールを受けて、上司が……一週間で原因究明しろ、と」


「ほう」


「うちの新型、基盤が異様に熱くなって、火災になったんです。原因がわからなくて、『誤呪効果』じゃないのかって」


『誤呪効果』というのは、魔法道具の故障の原因の最たるものだった。


 ひとつの魔石から狙った効果だけを引き出すことは難しい。

 かならず設計にない小さな魔法が起きたり、余分なエンチャントを起こしたりして、それらが積み重なることで機器を破壊させてしまう。


 これが魔力を直接送らず、電気にかえて送電する方が使いやすい理由でもあった。

 ヘルマンは、作業台に肘をついた。


「うちのE2Mが疑われてる、ってことか」


「……すみません」


「いや、いい。エアコン全体に魔力を送ってんのはここだからな。『誤呪効果』が原因なら、ここから調べるのが筋だろ」

 

 ヘルマンは少し考えてから、独り言のように呟いた。


「基盤が異様に熱くなった、ねぇ。妙だな。うちのE2Mは、他の製品に組み込んだ部品と変わらんのだけど」


 作業場の奥で、四メートルの巨体が、また一つ部品を運んでいた。


 リレーの音が、カチ、と聞こえた。

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