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電線ジャングル迷宮都市の電線はなくならない  作者: 桜山うす(J.I.A)
電線ジャングル迷宮都市の冒険者たち
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16/51

フレーク

 朝、レナは目を覚ました。

 机の上を見る。

 昨夜の小麦塊は、そのままだった。表面がさらに乾いていた。一晩で水分がもう一段抜けて、表面に薄く粉が浮いていた。


「フェネク、おはよう」


『おはようございます、レナ』


「これ、もう、生地、というより、岩だね」


『岩ですね、レナ』


 レナは、塊を両手で持ち上げた。ずしりと、重い。


「よし、伸ばす」


 塊を、圧延機の入り口に、押し込む。スイッチを、入れる。


 ヴーン。


 ローラーが、回る。ぐぃ、と、塊を、噛む。


 ――ぼろ。


 塊の端から、何かが剥がれた。レナは手を止めた。圧延機の出口に、薄いぱりっとした、不規則な形のかけらが、ぱらぱら、と落ちていた。


「あれ?」


『……』


「これ、薄くなってない」


『なっていませんね、レナ』


「ぼろぼろ、になってる」


 レナは、もう一度、塊をローラーに押し込んだ。


 ぐぃ。ぼろ、ぼろ、ぼろ。


 一粒ずつ剥がれて落ちていく。乾いた塊は、圧力で潰れない。剥離する。


 レナは、ローラーを、止めた。


 机の上に、薄い、不規則なかけらが、ぱらぱらと散らばっていた。

 レナは、しばらく、それを、眺めた。


「……」


『……』


「よし、最後までやろう」


『方針転換ですか、レナ』


「方針転換」


『了解しました、レナ』


 レナは、塊を何度もローラーに通した。

 机の上に、薄いかけらがどんどん積もっていった。

 フェネクが、机の縁から、その光景を、見ていた。


『あらあらあらあら……』


「フェネク、それ、誰の口調?」


『昨日のおばあちゃんです、レナ』


「……ふふ」


『あらあらあらあら』


「フェネク、続けて」


『やめておきます、レナ』


「えー」


 最後の塊が、すべてフレーク状の小さなかけらになった。

 レナは、机の上の山を、しばらく眺めた。


「……ピザじゃ、ないな、これ。トルティーヤでもない」


『ないですね、レナ』


「……」


『……』


「よし、焼こう」


『焼くんですか、レナ』


「焼く」


『了解しました、レナ』


 レナの頭の中で、工程は止まらなかった。

 混ぜた、伸ばした、次は、焼く。何を焼くかは、特に、問題ではなかった。

 三工程のうち、二つは終わっている。残りは、焼くだけ。焼く工程を自動化する。


(……ピザの生地に、ならないなら)


(……せめて、焼けば、なんとかなる)


 ***


 宿のキッチンには、ちょっと前に買い揃えた、小型の家庭用オーブンがあった。


 お菓子を焼くつもりで、買ったもの。一度も、使っていない。


 レナは、天板にフレークを、薄く広げた。火力を中程度に設定。十五分。

 オーブンの中で、ぱりぱり、と、フレークが焼ける音がした。

 香ばしい麦の匂いが、宿の小さな部屋に広がっていった。


 レナは、オーブンの前でしゃがみ込んで、待った。

 タイマーが、鳴った。

 天板を、取り出す。


 ――パリッパリの黄金色のフレークが、湯気を立てて天板の上に並んでいた。


「おお」


『焼けましたね、レナ』


「焼けた」


 レナは、天板を机に運んだ。フレークを皿に盛った。


「よしフェネク、具を盛り付けるわ。何をしたらいい?」


『具材が、ありません』


「あっ」


『第一、具材を、乗せられません』


「……」


『ピザは、丸い生地に、具を、乗せる、料理ですが、これは、粒状です』


「……」


『乗せる、平面が、ありません』


「……」


 レナは、皿の上のぱりぱりフレークを、眺めた。

 確かに、ピザではなかった。ピザの生地でもなかった。何か別のもの。丸くもない。平らでもない。ただ、薄くて、不規則で、黄金色の何か。


「……ま、いっか」


 レナは、一つ、指でつまんだ。

 香ばしい粉の匂い。

 口に入れる。

 ――ぱりっ、と噛む音。


「……あ」


『いかがですか、レナ』


「……おいしい」


『はじめて料理を作った人特有の反応だと存じます』


「いや、これそうじゃなくて。本当においしい」


 レナは、もう一つ指でつまんで、口に入れた。

 ぱりっ。香ばしい。

 素朴な麦の味。


(……これ)


(……何作ったんだろう、私)


(……でも、おいしい)


 レナは、もう一つ、もう一つ、と、指で、つまんで、口に、運んだ。


「フェネク、食べてごらん?」


『……』


「あ……食べられないんだった、ごめんね」


『お気持ちだけ、いただきます、レナ』


「美味しさを推測してみて?」


『レナの表情の高揚度から、上位三%の評価と推測します』


「上位三%か」


『マリア様のスライムシチューが、上位一%です』


「……マリアさんは、別格でしょう」


『同意します、レナ』


 レナは、しばらく、フレークを、食べた。

 そして、止まった。


(……これ、いい)


(……これ、量産しよう)


 頭の中で、先週の人工魔石工場の攪拌タンクが蘇った。

 直径三メートル、回転する羽根、上から落ちてくる二系統の粉末。

 あれの焼成版ができないか。

 回転式のドラムで、大量に均一に焼く機械。

 家庭用オーブンでは、一度に焼ける量が知れている。もっと、ごーっと、勢いよく焼ける機械が要る。


「フェネク」


『はい、レナ』


「工房、戻ろう」


『了解しました、レナ』


 レナは、机の上の皿に残ったフレークを、保存容器に移した。

 それから、攪拌機と圧延機をもう一度動かして、未焼成のフレークを、大量に作り溜めしておいた。


 机の上に、白い未焼成のかけらの山が、できた。

 レナは、それを布に包んで、抱えて、宿を出た。


 ***


 試作三号機:ドラム回転式焼成機(量産用)


 工房に戻る。

 ジャンク棚の前で、レナは、フェネクと並んで、考えた。


 探しているのは、ドラム本体。回転軸。モーター。ヒーター。軸受け。断熱材。


「フェネク、ドラムにできそうな円筒、ない?」


『棚の、中段の奥に、業務用魔導コンロの本体ドラムがあります』


「業務用?」


『直径六十センチ、陣可動式機構の、本体ドラム部分です。何かの用途で、ヘルマン様が、残しておかれたものと、推測します』


 レナは、棚の中段に手を伸ばした。

 確かにあった。ステンレスの円筒。直径六十センチ。重みがちょうどよく、レナの両腕に収まった。


 頭の中で、設計が、ぱちん、と、固まった。


(……これ、組める)


 午後から、夕方、そして深夜。レナは、取り憑かれたように組み立てた。

 リアクトル実験のときと、同じ熱量。ただし、規模が大きい。



 ドラムを軸に通す。軸受けを取り付ける。モーターを結ぶ。

 ヒーター素子をドラムの内壁に配列する。配線を引く。断熱材を外側に巻く。

 投入口と排出口を開ける。傾斜をつける。


 操作盤には、AGM規格の見慣れた円形のダイヤルを取り付けた。

 弱・中・強・オフの記号が、時計の文字のように、等間隔に刻まれている。

 本社の標準仕様。陣可動式の、最も普及した制御系。

 レナは、何の迷いもなくそれを選んだ。


 途中、フェネクが、二度、言った。


『レナ、水分補給を、推奨します』


「うん」


 レナは、ぐびっ、と、水筒の水を飲んで、また作業に戻った。


 工房の作業灯が、ぶうん、と、低く唸っていた。バルトのいない場所。ヘルマンのいない場所。広い工房に、レナとフェネクの、二人だけ。


 夜が、深くなった。

 レナは、最後のネジを、締めた。


 ***


 朝。

 レナは、工房の片隅に金属の塔を組み上げていた。


 高さはレナの胸ほど。

 投入口は上に。排出口は下の脇に。

 傾斜がついている。操作盤の正面に、AGM規格の円形ダイヤル。


 ダイヤルを、ひねる。カチ、と、軽い感触。

 陣可動式の滑らかな無段階の手応え。


 ドラムが、ごー、と低い音を立てて、回り始めた。

 ヒーターが内部を熱していく。


 レナは、布に包んで持ってきた未焼成のフレークを、ドラムの投入口から、ざらざらと流し込んだ。


 ドラムの中で、フレークがころころと転がりながら、均一に焼かれていく。


 数分後。

 排出口から、パリッパリの黄金色のフレークが、ざらざら、と出てきた。


「できた」


『できましたね、レナ』


「動いてる」


『動いていますね、レナ』


「プラント完成だ」


『プラント完成ですね、レナ』


 レナは、出来たてのフレークを、用意しておいた大きな保存容器に詰めた。

 あっという間に容器がいっぱいになった。

 ドラムは、止まらない。連続して、フレークが出てくる。


 レナは、二つ目の容器を排出口の下に置いた。

 それも、すぐにいっぱいになった。

 レナは、三つ目を置いた。


 ノートに書き込んだ。


『試作三号機、稼働確認

 生産量:家庭用オーブンの約三十倍/時』


 レナは、満足げに、プラントを、見上げた。


 ***


 夕方。

 工房の大扉が、がらがら、と開いた。


 バルトの足音。いつもより重い。一歩、一歩、地面を踏みしめる音が、深い。


 ヘルマンが、入ってきた。

 革ジャケットの肩に、夜露と、電線の煤。

 三日間の保守工事で、見るからにへとへと。眉間の皺が、いつもよりもう一段深い。


 ヘルマンは、入り口で止まった。

 工房の片隅、いつも空いていたスペースに、見慣れない金属の塔が立っている。


 ドラムは、静かに回転していて、中から、ぱりぱり、と、軽い音がしている。

 ヘルマンは、しばらく、それを、眺めた。


「……」


「親方! お疲れ様です!」


 レナが、奥からエプロン姿で駆け寄ってきた。

 両手に、お皿。

 皿の上には、パリッパリの、黄金色のフレーク。

 ヘルマンは、まだ、塔を、眺めていた。


「親方?」


「……ああ、これは、ダイナモンキーのいたずらだな」


「えっ」


「よくある事だ」


「親方、これ、私が、作ったんですよ?」


「ダイナモンキーは、ときどき、こういう機械を作るんだ」


「ダイナモンキーじゃありませんよ!」


「あいつら、人間の作るものを真似するからな。先月も廃棄テレビを組み上げて、野球を観てた個体がいてな」


「親方、私は、ダイナモンキーじゃ、ありません!」


「ひょっとしてお前、ダイナモンキーの親戚じゃ、ないよな」


「えっ」


「尻尾、生えてたりしないか」


 レナの肩が、びくっ、と跳ねた。


「ど、どういう意味ですか!? 尻尾なんて、生えてません!」


「まあいい」


 ヘルマンは、それ以上は追及しなかった。

 バルトを工房の定位置に座らせて、自分は作業椅子に、どさっと座った。革ジャケットの襟を緩めた。

 フェネクの光学センサーが、ぴ、ぴ、と、二度、控えめに、点滅した。


 ***


 ヘルマンは、椅子の背もたれに、体を預けていた。三日分の疲労が、一気に降りてきたような顔だった。


「親方、これ、食べてください」


「ん」


「私が、作りました」


「ふぅん」


 レナは、皿のフレークをヘルマンの前のテーブルに置いた。

 ヘルマンは、ぱりっとしたフレークを、一つつまんで、口に入れた。


 しばらく、噛んだ。


「……ふぅん」


「どう、ですか」


「……」


「……」


「乾いてるな」


「あ、はい、乾いてます」


「……」


 ヘルマンは、もう一つ、フレークをつまんで、口に入れた。

 ぱりっ、と、噛む。それから、ゆっくり、皿のフレークを、見下ろした。


「……」


「親方?」


「……いや」


「何か?」


「……まあ、食えるな」


「食えますか」


「食える」


 ヘルマンは、それ以上は言わなかった。

 皿の上のフレークを、もう二つつまんで、口に運んだ。

 眉間の皺が、わずかに動いた。何かを考えているような顔。けれど、口には出さない。


 レナは、ヘルマンの横顔を、ちらっと、見た。


(……「食える」)


(……それだけ?)


(……何か足りないって思ってる?)


 声には、出さなかった。

 ヘルマンは、皿の最後のフレークを、つまんで、口に、入れた。


「飯食ったか、お前」


「親方が食べてるのが、私の作ったご飯ですよ」


「いや、お前は」


「……あ、食べてないです」


「食え」


「はい」


 レナは、もう一つの皿に、自分のぶんのフレークを、盛った。ヘルマンの隣に、座って、ゆっくり、食べた。


 ぱりっ。香ばしい。素朴な麦の味。確かに、おいしい。

 ただ、ヘルマンの「食える」の一言が、なぜか、レナの胸の隅に、ちいさく、引っかかっていた。


(……乾いてる、って、確かに、乾いてる)


(……これ、何かと合わせたほうが、いいのかな)


(むーん……)


 ヘルマンは、レナが考え込む様子を見ながら、革ジャケットの内ポケットから、煙草の代わりの何か硬い飴のようなものを取り出して、口に放り込んだ。


 このプラントからコーンフレークが誕生するのは、もう少し先の話になる。

 外では、電線天蓋がいつものように薄暗く唸っていた。

 レナは、皿が空になるまで、ゆっくりと食べた。

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