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電線ジャングル迷宮都市の電線はなくならない  作者: 桜山うす(J.I.A)
電線ジャングル迷宮都市の冒険者たち
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15/51

ピザを作る

 朝、宿の机の上に、ノートと製図用紙が、並んでいた。

 レナは、ノートを開いて、昨日書いた二行を、もう一度、見た。


 粉を形にする。

 量産機構を作る。


 二行の下に、白い余白が、広がっている。

 レナは、ペンを、握り直した。

 頭の中には、昨日のテレビの映像があった。

 候補として絞ったのは、トルティーヤ。ピザ。クッキー。

 どれがいちばん量産しやすいか。


 トルティーヤは、素材が手に入らない。あの薄さを最初から狙うのは難しい。クッキーは、小さすぎる。ピザは——丸い生地。中間くらいの厚みと大きさ。

 何より、画面の中で生地がふっくらと膨らんで、とてつもなく美味しそうに見えた。


(……ピザに、しよう)


 レナは、製図用紙の左上に、ペンを、走らせた。


 目標:ピザの量産化


 本社開発部三年目の手癖で、まず、型番を、考える。


 AGM-FP-001(Food Processor, 試作型)


 書きながら、レナは、少しだけ、笑った。


(……量産化、って書いちゃった)


(……まだ、一個も、作ってないのに)


 職業病だった。AGマギクラフト・コーポレーションの開発部では、企画はすべて量産化を前提に組み立てる。試作一個で終わる案件は、原則、企画として通らない。

 それが当たり前の文化の中で生きてきた。

 レナは、ペンを、止めなかった。


「フェネク」


『はい、レナ』


「ピザ、作るのに、必要な工程って、何だと思う?」


 フェネクは、机の脇で、光学センサーを、ぴ、と、一度、点滅させた。


『データによると、生地を作る、伸ばす、具材を乗せる、焼く、の四工程です』


「うん」


『具材は、何になさいますか』


「後で考える」


『……了解しました、レナ』


 レナの脳内で、四工程のうち三つに機械が割り当てられた。

 混ぜる機械。伸ばす機械。焼く機械。

 具材は、人力。というか、後回し。


 材料は、迷うことなく小麦粉だった。

 迷宮都市の市場で、普通に手に入る地元の素材だ。


 レナは、製図用紙に、書いた。


 試作一号機:攪拌機(粉と水を混ぜる)


 頭の中にあるのは、人工魔石工場の直径三メートルの攪拌タンク。

 あれを頭の中で、卓上サイズに縮めていく。

 垂直軸。回転羽根。容器。駆動部。


(……組める)


 レナは、ノートを、閉じた。


「フェネク、工房、行こう」


『了解しました、レナ』


 ***


 工房の大扉は、半分だけ、開いていた。

 レナが顔を覗かせると、奥は、しんとしていた。バルトが、いない。ヘルマンも、いない。作業台の上に、走り書きの紙が、一枚だけ、置いてあった。


 三番街と七番街の中継、まとめて保守。三日は戻らねえ。茶菓子棚は、好きにしろ。


 レナは、紙を、二度、読んだ。


(……三日)


(……一人で、使える)


 胸の奥で、何かが、ぱちんと、火を点した。


「フェネク」


『はい、レナ』


「私たち、ここを、好きに、使っていいって」


『了解しました、レナ』


「実験室、誕生」


『了解しました、レナ』


 レナは、鞄を作業台の隅にでんと置き、作業員のエプロンを腰に巻いて、ジャンク棚の前に立った。


 ジャンク棚は、工房の壁三面を占めている。

 古いリレー、巻き直しの済んだコイル、被覆を剥がれた銅線、用途不明の金属片、誰のものでもないネジ、用途を忘れた小型のモーター。


 ヘルマンのおじいさんから受け継がれている、三代分のヴァイス工房の地層。


 レナは、片端から漁った。

 小型モーター。二回りほど大きいモーター。軸受け。ステンレスのボウル(大きさは、五合炊きくらい)。木の板(厚みも、サイズも、ちょうどいい)。配線。スイッチ。それから――


「フェネク、これ、何の羽根?」


 レナが、棚の奥から引っ張り出したのは、湾曲した、薄い、金属の羽根だった。三枚で一組。中央に軸を通すための穴が開いている。


 フェネクは、光学センサーで、二秒間、観察した。


『魔導扇風機の、低速ファンです。AGM-AC-7、二十年前のモデル』


「うちのか」


『はい、レナ』


「……ほうほう」


 レナは、羽根を、しばらく、眺めた。

 二十年前の、自社モデル。昨日、おばあちゃんが持ち込んだ、AGM-TV-3Cと、同じ時代。同じ会社の、同じ年代の、別の機種の、別の部品。それが、ヴァイス工房のジャンク棚の奥で、誰にも気づかれずに、二十年、眠っていた。


(……うちの会社の、子だね)


 声には、出さなかった。

 ヘルマンが、二十年前、何のために、この羽根を、ここに残しておいたのか。修理に使った余りなのか、壊れた扇風機ごと引き取って、使える部品だけ、抜いたのか。それは、レナには、分からない。けれど、確かに、ここに、あった。

 二十年、待っていた、みたいに。


(……攪拌、しよう)


 レナは、羽根を、作業台に置いた。

 組み立ては、二時間で、終わった。


 木の板を、台座にする。

 中央に垂直の軸受け。軸を通して上端にモーター、下端に羽根。

 ステンレスのボウルが、ちょうど羽根をすっぽり覆うサイズに収まった。

 蓋は、丸い木の板を削って、軸が通る穴を開けて作った。


 スイッチを、入れる。

 ヴーン。

 低い、控えめな唸り。羽根が、ボウルの底で、ゆっくりと、回り始めた。


「動いた」


『動きました、レナ』


 レナは、製図用紙の右下に、書いた。


 試作一号機、稼働確認


 ***


 宿に戻ったのは、昼を、少し過ぎたころだった。

 机の上に、攪拌機を、どんと、置く。狭い宿の部屋で、いきなり、邪魔だった。

 レナは、市場で買ってきた小麦粉の袋を、両腕で抱えて、戻ってきていた。ついでに、塩と、水筒。水は、宿のキッチンの蛇口で、汲んだ。


「フェネク、水って、これくらい?」


 レナは、計量カップに水を注ぎながら、聞いた。


『データに、適合する分量がありません』


「適当?」


『適当です、レナ』


「……了解」


 レナは、小麦粉の袋を、抱え直した。

 ここで、レナは、量を、間違えた。

 職業病で、頭が、量産スケールに、なっている。一回の試作は、ちゃんと量を作って、ばらつきを見る。それが、本社の文化。レナの手は、無意識に、小麦粉の袋を、傾けた。

 ざああ、と、袋の中身が、ほとんど全部、ボウルに、入った。


「……あ」


『……レナ』


「うん」


『分量、多くないですか』


「……多いね」


『やり直しますか』


「……このまま、行く」


 レナは、塩を、つまんで、振りかけた。水を、慎重に、注いだ。蓋を、被せた。

 スイッチを、入れる。

 ヴーン。


 羽根が、ボウルの中で、回り始めた。蓋のおかげで、粉は、飛び散らない。粉と水が、ぐるぐると、混ざっていく。

 レナは、覗き穴から、中を、見た。

 最初は、粉と水が、ばらばらに、踊っていた。それが、だんだん、まとまっていく。塊が、できる。塊が、もう少し大きな塊に、なる。さらに、まとまる。


(……いい感じ)


 レナは、もう少し、回した。

 塊が、ボウルの底で、ごろん、と、重く、転がる音が、聞こえ始めた。


(……あれ?)


 羽根が、塊の重みで、唸り始めた。モーターの音が、一段、低くなった。

 レナは、慌てて、スイッチを、切った。

 蓋を、開ける。

 ボウルの中に、直径五十センチほどの、大きな、固い、生地の塊が、鎮座していた。


「フェネク」


『はい、レナ』


「これ、ピザの生地に、するには、デカすぎない?」


『デカすぎます、レナ』


「……」


『……』


「まあ、いいや、伸ばせば」


 レナは、塊をボウルから両手で取り出した。ずしりと重かった。


 ***


 レナは、塊を、机に置いた。

 宿のキッチンから、麺棒代わりの、ジャムの瓶を、持ってくる。瓶を、塊の上に、押し当てる。ぐっ、と、力を入れる。

 塊は、ほとんど、動かなかった。


(……あれ?)


 両腕で、体重を、かけてみる。表面がわずかに凹む。ただ、それだけ。塊の中心まで、力が伝わらない。


(……固い)


(……これ、固すぎない?)


 水分が、抜けていない。練りすぎたせいで、生地が、自分の重みで、ぎゅっと、固まっている。表面だけが、わずかに、湿っていて、中は、ほとんど、岩。


 レナは、もう一度、瓶を、押し当てた。


 塊は、ふん、と、動かなかった。

 レナは、瓶を、両手で持って、上から、体重を、預けた。

 塊は、ふん、と、動かなかった。

 レナは、机に、両肘をついて、両足を、踏ん張った。

 塊は、ふん、と、動かなかった。


(……無理)


(……非力)


(……私、力、ないんだった)


 レナは、瓶を、置いた。

 机の上の塊が、無言で、居座っていた。


「フェネク」


『はい、レナ』


「これ、私の腕力じゃ、伸ばせない」


『伸ばせませんね、レナ』


「……」


『……』


「機械を、作ろう」


『了解しました、レナ』


 レナは、ノートを引き寄せて、書いた。


 試作二号機:圧延機(生地を伸ばす)


 ***


 工房に、戻ったのは、夕方だった。

 塊は、宿の机の上に、放置した。逃げない、と分かっていた。


 ジャンク棚の、最下段。埃の積もった、棚の奥。レナは、しゃがんで、奥を、覗き込んだ。


「フェネク、ライト、貸して」


 フェネクの肩の小さなライトが、ぱ、と灯った。

 棚の奥の暗がりの中に、小さな、手回しの圧延機が、横たわっていた。直径十センチほどの、二本のローラー。間隔調整の、小さなねじ。手回しの、ハンドル。全体が、薄い錆を、被っている。

 レナは、両手で、引っ張り出した。


「フェネク、これ、何?」


『データにあります。電線被覆圧延機。100年以上昔の製品です』


「ひょっとして、お祖父さんの」


『はい、レナ』


「……」


『……』


「勝手に、使って、いいかな」


『ヘルマン様は『好きに使え』と仰っております』


「あれは、茶菓子棚の話だよ」


『拡張解釈、可能と判断します』


「……ふふ」


 レナは、圧延機を、作業台に乗せた。

 錆とりスプレーと布で丁寧に錆を拭く。

 軸受けに油を差す。

 ローラーを手で回してみる。

 最初は、ぎ、ぎ、と、引っかかる音がしたが、油が回ると、ぐる、ぐる、と、滑らかに、動き始めた。


(……生きてる)


 初代ヴァイスが、まだこの工房を始める前からある製品。たぶん初代の手で、電線の被覆を何度も何度も伸ばしたもの。それが今、レナの手のひらの下で、またくるくる回っている。


(……手で回してたら、私の腕力じゃ、また同じことになる)


 レナは、ハンドルを外した。軸の端に、ジャンク棚から拾ってきた小型のモーターを合わせる。

 AGM規格の、旧型ヒーター素子用のモーター。十分なトルクが、ある。


 軸とモーターを、カップリングで繋ぐ。配線を、引く。スイッチを、つける。


 整備とモーター化が、終わったのは、深夜過ぎだった。

 工房の天井で、作業灯が、ぶうん、と、低く唸っていた。バルトのいない工房は、いつもより、広く、感じた。

 レナは、圧延機を、よっこいしょ、と持ち上げた。


「重い……」


『お持ちします、レナ』


「……ありがとう」


 フェネクと半分ずつ持って、宿まで運んだ。

 電線天蓋の下を、二人でゆっくり歩いた。

 夜の電線は、いつものように薄暗く、唸っていた。


 宿の机の上に、圧延機を、置いた。机の隅で、固い塊が、まだ、無言で、居座っていた。


 試作二号機、整備・モーター化完了


 レナは、ノートに、書き加えて、それから、ベッドに、倒れ込んだ。


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