第66章:目撃された禁断、露村隼人の覚醒と鍵をかけた部屋
「……お前、いま……何をした……?」
南条財閥の広間で、私の専属執事・長谷部誠が、意識を失って倒れた私の唇を無言で奪ったその瞬間。
私達の目の前に立っていた南条隼人の瞳から、完全に光が消え失せた。
執事とお嬢様という、決して一線を越えてはならない絶対的な身分の壁。それを、この南条財閥の城の中で、ましてや婚約者候補である自分自身の目の前で堂々と破られたのだ。マッツウィックスを率いる若き総帥(CEO)としてのプライド、そして男としての激しい独占欲が、隼人の中で完全に決壊した。
「その薄汚い手を、僕のフィアンセから離せ……っ!」
隼人はすさまじい力で誠の腕から私を力ずくで引き離すと、ぐったりと意識を失ったままの私の身体を横抱きに抱きかかえた。
「待ちなさい、南条隼人……! お嬢様をどこへ連れて行くつもりだ……ッ!」
メガネを失い、血走った目で掴みかかろうとする誠を、背後に控えていたマッツウィックスの屈強なガードマンたちが一斉に取り押さえる。
隼人は誠の怒号を背中で聞き流しながら、大股で廊下を歩き、私のためにあらかじめ用意されていた、南条家で最も豪華なゲストルームへと私を連れ込んだ。
そして、私をシルクのベッドへそっと横たわらせると、振り返り――ドアの重厚な【鍵】を、内側からガチャンと静かに、けれど決定的にかけたのだ。
静まり返った、二人きりの部屋。
窓から差し込む月光が、ぐったりと眠り続けている私の顔を白く照らしている。
隼人はベッドの脇にゆっくりと腰を下ろすと、私の青ざめた頬に細い指先でそっと触れた。その瞳には、先ほどまでの冷徹なCEOの仮面はなく、どこか狂おしいほどの執着を孕んだ、一人の男の剥き出しの感情が宿っていた。
隼人は、眠っている私の耳元に顔を近づけると、掠れた、けれど酷く冷艶な声で、静かに囁いた。
「……納屋かすみ。覚えていないとは言わせないよ」
その声は、ラグジュアリーな大富豪の息子のものにしては、あまりにも荒々しく、どこか懐かしい響きを帯びていた。
「俺は、露村隼人だ。……まさか、忘れたとは言わないよね?」
そう。激安スーパー『マッツウィックス』を率いるエリート総帥・南条隼人の正体――それは、かつて「露村陣」と「露村麗華」の子供として生まれ、名門【ツリンベッティー学園】に通っていた頃、サファリア女学院で見かけた私に一目惚れしてしまった、あの【露村隼人】その人だった。
実家が倒産して青藍高校に編入するよりもずっと前、彼は私に恋をしていた。
だからこそ彼は、毎年サファリア女学院の学園祭の日に、毎年恒例の儀式のようにプロポーズをしに現れていたのだ。大きな赤いバラの花束を抱えて「いつか君を【露村かすみ】としてお迎えに行く」と熱烈に迫る、あのよくあるキザな男がやる、少し浮いた光景――。
だが、当時の私はあまりのキザさに圧倒され、ただの「毎年学園祭に出没する変わった人」としか思っておらず、露村隼人という名前も顔も、今日この瞬間までこれっぽっちも知りもしなかった。彼にとっては、毎回真剣だったのに全く覚えてもらえなかった、あまりにも苦すぎる片想いの過去。
その後、南条財閥の親元へ戻り、死に物狂いで世界の頂点へと這い上がってきた彼は、今度こそ私を本物の妻として迎えに来たのだ。
「あの頃、どれだけバラを贈っても君の視線の先にはいつもあの貝森拓人がいた……。だけど、あいつは君を裏切った。なら、今度こそ俺が君をこの城に閉じ込めて、本物のバラで満たしてあげるよ、かすみちゃん……」
(露村……隼人……? 赤い、バラ……?)
夢の引き金の中で、私はポケットの奥にある拓人さんの指輪を握りしめたまま、あの学園祭の日のキザなプロポーズの光景をぼんやりと思い出し、その正体が目の前の若きCEOだったことに、無意識のうちに激しいパニックを感じていた。
その頃、高級ブライダルサロンであやめを置き去りにし、クローゼットの鍵付きの箱に隠した思い出を胸に爆走していた貝森拓人は、如月財閥の乗っ取り計画と学園祭の罠の真実をすべて暴く武器を手に、お嬢様が囚われている南条財閥の屋敷の門前へと、ついに辿り着こうとしていたのだった――。
第67章:目覚めたお嬢様の大パニック!露村隼人の歪んだ愛と、拓人の如月闇暴露カチコミ大乱入編へ続く




