第56章:目覚めた執事の部屋と、迫り来るマッツウィックスの影
サファリア女子大の講義室で意識を失いかけた私。
次にゆっくりと目を覚ましたとき、視界に飛び込んできたのは、見慣れた自分のフリルのベッドではなかった。
シックで落ち着いた、どこか男性的で整然とした室内。
「……私、どうしたの? あれっ、ここ、私の部屋じゃないけれど……」
身体を起こそうとすると、まだ少し頭がクラクラする。
戸惑う私の耳に、カチャリと静かにドアが開く音が聞こえた。入ってきたのは、メガネを外したまま、極上のシルクのような優しい笑みを浮かべた長谷部誠だった。
「お目覚めですか、お嬢様。ここは私の部屋ですよ。お嬢様の体調が完全に回復されるまで、私の目の届くこの部屋で、至高の看病をさせていただこうと思いまして……」
誠さんはお粥の乗ったトレイを置くと、私のベッドサイドに腰掛け、逃がさないようにそっと私の手を握った。拓人さんへの傷心を癒やすように甘く囁く誠さんの看病に、私の心は少しずつ侵食されていく。
けれど、そんな密室の平穏を破るように、私のスマホが枕元で激しく震えた。
ツンベルブリッツ大に通う友人からの、焦りを含んだ連絡だった。
――「かすみ、大変だよ! 納屋財閥の屋敷から少し離れた場所に、新しい激安スーパーがオープンしたって今すごい話題なの! どうやら私達の『スーパールッツ』の最大のライバル店らしいよ!」
スマホの画面に映し出されたそのニュースを見て、私は息を呑んだ。
そのスーパーの名前は――『マッツウィックス』。
「そんな……。嘘でしょう……?」
画面のデータをスクロールすると、事態は想像以上に深刻だった。
激安で庶民の味方であることを武器に、圧倒的な低価格で殴り込みをかけてきたマッツウィックスのせいで、高級路線を誇っていた我が貝森・納屋財閥の『スーパールッツ』の客足が、ここ最近、著しく遠のいてしまっていたのだ。
「お嬢様、どうかいたしましたか?」
心配そうに顔を覗き込める誠さんの背後、窓の外の街の大型ビジョンに、ニュース映像が流れる。
そこには、高級車の後部座席から優雅に降り立ち、冷酷かつ完璧なエリートの微笑みを浮かべてマッツウィックスのオープンセレモニーでテープカットを行う、あの男の姿があった。
泥名を捨て、本物のライバル財閥の血を覚醒させた男――南条隼人。
(待っていろよ、納屋かすみ、貝森拓人。お前たちの誇るスーパールッツを、僕のマッツウィックスが完全に更地にしてやる……!)
隼人の冷徹な瞳が、画面越しにそう語りかけているようだった。
誠さんの部屋という甘い籠に閉じ込められた私の裏で、財閥を揺るがす巨大な激安戦争の幕が、ついに切って落とされたのだった――。
第57章:スーパールッツ破滅の危機!南条隼人の直接対決と、誠の嫉妬編へ続く




