第53章:風の噂と破滅の婚約、冷徹な執事の優しき囁き
サファリア女子大の広大な敷地を、誠の運転する高級車の後部座席に揺られながら、私はただ、ガラス窓の外を流れる景色を虚ろな目で見つめていた。
お屋敷に帰ってきて、誠が鍵を閉めた私の私室。
床に落ちたお守りの自由帳を拾い上げる気力すら、今の私にはなかった。
なぜなら、ツンベルブリッツ大学に通う友人からの『風の噂』が、私のスマホに届いてしまったからだ。
――「ねぇかすみ、大変! 拓人くん、サファリアの時からあんたのライバルを自称してた如月あやめと、大学で付き合ってるって噂だよ。あやめが『私達結婚するの』って周囲に言いふらしてるの……!」
画面に踊る残酷な文字を見つめながら、私はぽろぽろと大粒の涙をこぼした。
「……だから。だから、私がいくら連絡をしても、返事はいつも『忙しい』の一言だけで終わってしまったのね……」
ツンベルブリッツ大で他の女――しかも、私をずっと目の敵にしていた如月あやめにうつつを抜かしていたなんて。
胸を切り裂かれるような失恋の痛みに耐えかねて、私はベッドに顔を伏せて声をあげて泣いた。
「私……もう、貝森拓人さんとは二度と会いません……ッ。そもそも、私達って本当に婚約していたのかな?……もう、よくわからないわ……」
高校の頃からずっと信じていた拓人さんとの未来が、音を立てて崩れ去っていく。
暗闇に突き落とされたような私の前に、静かに歩み寄り、膝をついた男がいた。
メガネを外し、獰猛なほど熱い独占欲を瞳に宿した、私の専属執事・長谷部誠だ。
「誠……教えてよ。私は、一体どうしたらいいの……?」
私が涙を流しながらすがると、誠は私の冷たくなった両手を優しく、けれど逃がさないように強く包み込んだ。
「お嬢様……。あのような、あなたを裏切ってライバル女にうつつを抜かす愚か者のことなど、もうお忘れなさい」
誠の声は、いつもの過保護なトーンとは違い、低く、大人の男の冷徹さと極上の甘さを孕んでいた。
「あなたと貝森財閥の婚約など、あの男の不実によって完全に破綻いたしました。これからは、よくわからない男の約束などではなく、目の前にいる私だけを信じれば良いのです」
誠はそう囁くと、私の涙を長い指先で優しく拭い、再び私の身体を背後から包み込むように力強く抱きしめた。完璧な、逃げられないバックハグ。
「お嬢様を放置した拓人も、マッツウィックスの御曹司として這い上がってきた南条隼人も、もうあなたの元へは一歩も近づかせません。この鍵をかけた部屋で、私だけの至宝として、永遠に愛されていただきます……」
拓人さんへの絶望、如月あやめへの怒り、そして私の心を侵食していく誠さんの狂おしい独占欲――。
サファリア女子大の広大な校舎も、今の私には届かない。私は、誠さんの甘い籠の中へと、深く沈んでいくのだった――。
第54章:あやめのマウント襲来と、怒りの森野海斗社長!誠の防衛戦編へ続く




