第31章:【過去回想】奪われた指輪と、ピンクバタフライの夜
――これは、かすみお嬢様がこの世に生を受けるよりも、すこし前の回想の物語。
当時、露村財閥の若き跡取りだった露村陣は、納屋財閥の令嬢・納屋あけみに一目惚れをし、彼女を手に入れるために毎日のようにあの手この手を使ってお近づきになろうと画策していた。
だが、あけみの心の中に、陣の入る隙間など最初から1ミリも存在しなかったのだ。
◇ ◇ ◇
青く澄み渡る空の下、あけみは愛する森野薫と仲良く手を繋いでデートを楽しんでいた。
「ねぇ、薫さん、今日はどこに行くの?」
「それはね、あけみ。実は――ここなんだよ」
薫が微笑みながら案内したのは、街でも一際高貴なオーラを放つ高級ジュエリーショップだった。実はこのお店、あけみに執着する露村陣がオーナーを務める店だったのだが、そんなことは露村の独りよがりに過ぎない。
「あけみが好きな指輪をプレゼントしたいんだ。……そして、僕と結婚しよう」
「はい……! よろしくお願いします……っ!」
ふたりは嬉しそうに微笑み合い、ショーケースを見つめた。その時、あけみの目が、中央に鎮座するあまりにも美しい一組のペアリングに釘付けになる。
「わぁ……! この指輪、すっごく素敵……!」
あけみが歓声をあげたその指輪。それこそが、オーナーである露村陣が、いつかあけみにプロポーズして自分とはめるために、夜も眠らずに自ら魂を込めてデザインした**『幻の特注指輪』**だったのだ。
しかし、あけみは無邪気な笑顔のまま、その指輪を手に取ると薫の前に差し出した。
「あっ、そうだわ! こちらの指輪、薫さんにすっごくぴったり!」
「本当だね。僕たちの愛の誓いにふさわしい、最高の指輪だ」
物陰からその様子を盗み見ていた露村陣は、絶望のあまり心臓が止まるかと思った。
自分が大好きなあけみのために作り、自分がはめるはずだった最愛の指輪を、まさか一番憎い恋敵の森野薫に買い取られ、そのまま薫の指にはめられてしまったのだから。
「あけみ、この指輪をつけて結婚しよう。心から愛しているよ」
「私もです、薫さん……!」
陣が作った愛の結晶をはめ、これ以上ないほどの純愛を誓い合うふたり。自分のデザインした指輪が、ふたりの結婚の決定の瞬間を美しく彩るという、あまりにも皮肉で無残な大敗北を喫した陣は、その場で血の涙を流すしかなかった。
◇ ◇ ◇
そんな衝撃的な事件があったせいで、露村陣の精神は完全に崩壊した。
彼は現実から逃避するように、夜になると毎日のように高級クラブ『ピンクバタフライ』へと通い詰め、浴びるようにお酒を飲む荒れた日々を送るようになる。
「陣様、毎日そんなにお酒を飲んだらダメですよ……」
呆れながらも、甘い声で寄り添ってきたのは、お店のオーナーママである漣麗華だった。
だが、極限まで泥酔し、頭がおかしくなっていた陣の目には、差し出された麗華の顔が、どうしても忘れられない「納屋あけみ」の幻影に見えてしまったのだ。
「あけみ……あけみ、そこにいたのか……っ! 俺と、俺と結婚しよう!!」
「あら……?(まさか酔った勢いとは言え、この私にプロポーズ?……ふふふ、これで私も露村財閥の妻、最高の玉の輿ね!)」
麗華は内心で激しく喜び、計算高い笑みを浮かべて「はい、喜んで」と陣の腕に抱きついた。
こうして、愛などひとかけらもない、ただの「大誤爆」と「財産目当て」の歪んだ結婚が成立してしまったのである。
あけみへの未練、そして薫への激しい逆恨み。この醜い過去の事件こそが、やがて息子の隼人へと受け継がれ、納屋かすみを巻き込む三大財閥の巨大な因縁へと繋がっていくのだった――。
第32章:現代へ!歪んだ親の命令と、隼人の財産乗っ取り計画の全貌編へ続く




