第389章:硝子の部屋の告白、覚悟の天秤
重厚なオーク材のドアが閉まり、あやめたちの賑やかな笑い声が完全に遮断された応接室。
部屋を照らすのは、クラシカルなシャンデリアの淡い光だけだった。早瀬碧は窓の外の夜桜を見つめたまま立ち尽くし、かすみはその少し後ろで、ドレスの裾を強く握りしめていた。
別荘での事件以来、初めて訪れた、本当の意味での二人きりの時間。
沈黙の重さに押しつぶされそうになりながらも、かすみは意を決して一歩前へ踏み出し、愛する夫の背中に向かって声を絞り出した。
「……碧さん」
碧の肩が微かに揺れるが、彼は振り返らない。その頑なな後ろ姿に、かすみの瞳から熱い涙が溢れ出した。
「碧さん、ごめんなさい……っ。あの時は……南条の別荘にいたあの時は、すべて南条を油断させて、あなたの作戦を成功させるための『演技』だったの……!」
分かっている。頭では、それが早瀬家を守るための嘘だったと理解している。だが、受話器越しに聴いたあの蕩けるような甘い声とキスの音は、今も碧の胸の奥に深く突き刺さったままだ。碧は低く、掠れた声で「分かっているさ……」とだけ呟いた。
かすみは首を激しく横に振り、さらに言葉を重ねた。
「でも、あなたをあそこまで苦しめてしまった……。いくら演技だとしても、私のせいで碧さんの理性を壊してしまったのは事実よ。……碧さん、私たち、もう終わりなんだよね?」
「……かすみ」
「無理にとは言わない……っ。今の碧さんの、本当の気持ちを教えて。私は……あなたの出す答えなら、全て受け止めるつもりです」
かすみは溢れる涙を拭おうともせず、真っ直ぐに碧の背中を見つめ続けた。その小さな身体には、悲恋のヒロインの儚さと、愛する男の決定をすべて呑み込もうとする強固な「覚悟」が宿っていた。
「もし……私にあの声を出されたことがどうしても許せなくて、私の顔を見るのも辛いと言うなら……。碧さんが私と離婚すると言うなら、それは仕方のないことだって、思ってます……っ」
離婚――その最悪の単語がかすみの口から零れ落ちた瞬間、応接室の空気が一変した。
すべてを受け止めて身を引こうとするかすみの絶望的な優しさと覚悟。
それを聴いた早瀬碧は、ゆっくりと振り返った。その漆黒の瞳には、かつてないほどの激しい葛藤と、かすみを決して手放したくないという魔王の執念が、暗い炎となって静かに揺らめいていたのだった。
「本作の執筆にあたり、誤字脱字の確認や文章整理のためAIを利用しています(規約に基づき修正案の提案は受けない設定で使用)。物語の構成や本文作成は全て自分で行っています。」




