第3章:お嬢様、はじめてのふぁみれす?【前編】
「ファミレス……。きっと、『ファミちゃん』という先生のレッスン(授業)のことよね……?」
サファリア女学院へ向かう高級車のシートに座り、納屋かすみは小さな指をあごに当てて、真剣に首をかしげていた。
(どんなお勉強をするのかな? きっと『ファミちゃん』だから、英語のレッスンよね……。私、英語は少し苦手なんだけど……怒らないよね? ファミちゃん……)
そんな可愛い勘違いをしているお嬢様の横で、助手席に座る執事の誠は、バックミラー越しに愛おしそうに、そして同時に眼鏡の奥の瞳をギラリと危険に光らせていた。
(ファミレス……ファミリーレストラン。ドブネズミどもめ、我が国が誇る至高の至宝、かすみお嬢様にそんな油まみれのジャンクフードの巣窟を教え込もうなどと……。その『ファミちゃん』とやら、お嬢様に一歩でも近づけば、その場で店舗ごと国家権力で買収し、スクラップ工場に変えて差し上げましょう)
そんな誠の恐ろしい決意などつゆ知らず、かすみを乗せた車はサファリア女学院へと到着した。
「ごきげんよう、誠さん。行ってまいりますね」
「ええ、お気をつけて。お嬢様、ドブネズミの罠にはくれぐれもご注意を」
お上品に微笑んで車を降りたかすみは、今日もサファリア女学院へと登校する。――が、校門のすぐ近く、お嬢様学校の厳かな雰囲気にはおよそ似つかわしくない、ひときわ目立つチャラいオーラを放つ男の子が二人、壁に背を預けて立っていた。
「あ、ウワサをすれば来たぜ! おーい、お嬢ーっ!」
「お前、今日もマジで可愛いな。その制服も超似合ってる!」
そこにいたのは、青藍高校のチャラ男コンビ、金髪メッシュがトレードマークの山野大翔と、おしゃれにうるさい岩野凌駕だった。
「まぁ! ひろとさんに、凌駕さん! どうしてこちらにいらっしゃるのですか?」
かすみが驚いてパタパタと駆け寄ると、二人は顔を見合わせてニカッと笑った。
「いやさ、こないだ約束しただろ? ファミレス行こうぜって。お嬢、今日この後、時間ある?」
「ファミレス……! は、はい、あの……私、英語のレッスンは少し苦手なのですけれど、『ファミちゃん先生』の授業、一生懸命がんばりますっ!」
「「……は?」」
かすみの斜め上すぎるピュアな意気込みに、百戦錬磨のチャラ男二人が同時にポカンとフリーズした。
ひろと(山野大翔)と凌駕に連れられて、かすみが生まれて初めて足を踏み入れたのは、オレンジ色の看板が目印の『ファミリーレストラン』だった。
ボックス席にちょこんとお上品に腰掛けたかすみは、周囲をキョロキョロと見回しながら、不思議そうに首をかしげる。
「あの……ひろとさん、凌駕さん。ファミちゃん先生はまだいらしてないのですか? 私、もしかしてレッスンのお時間を間違えてしまったかしら……?」
大真面目に自由帳とペンを握りしめ、いつでもお勉強を始める準備万端なかすみを見て、チャラ男2人は一瞬の静寂の後――。
「ぶっはははは!!! ギャハハハ、腹痛ぇーーッ!!」
「なぁ凌駕、これさぁ、海斗(森野海斗)に送って反応みようぜ。あの箱入りお嬢様の様子をさ!」
凌駕がニヤニヤしながら、健気にノートを開いているかすみをスマホのカメラで狙う。
「『速報:サファリアの箱入りお嬢、今ファミちゃん先生の英語レッスン待機中』って送ったら、海斗の奴、絶対スマホ落として顔真っ赤にするって!」
「だよな! よし、送信っと……あ、拓人(貝森拓人)じゃん。お前何してんの?」
ドリンクバーからメロンソーダを持って戻ってきた拓人が、その騒がしい席の横でピタッと足を止めた。
「……ん? あ、こないだの、かわいい子……」
「まぁ、拓人さん……!」
まさかの場所での偶然の再会に、かすみがパッと潤んだ瞳を輝かせる。
「拓人さんも、ファミちゃん先生のレッスンを受けにいらしたのですか? 私、英語がちょっぴり苦手で心細かったのですけれど、拓人さんが一緒なら安心です!」
「……は? ファミちゃん先生……? いや、お嬢……ここ、先生とか来ないから。お勉強するところじゃなくて、ただのファミリーレストラン(ファミレス)だよ……?」
「ふぇ……? ふぁ、ふぁみりー……れすとらん……?」
ついに明かされた衝撃の事実に、かすみはおめかしした顔を真っ赤にして、ノートを抱きしめたままフリーズしてしまう。そこへ、すうっと冷たい影が落ちた。
「そこまでにしなよ、お二人さん」
現れたのは、青藍高校の知性派ボス、メガネインテリの早瀬碧だった。碧はきらりとメガネの奥の瞳を光らせると、手元のかすみのノートを見下ろし、ため息をつく。
「サファリア女学院のお嬢様が、こんな油臭い場所にいたらいけないよ。早く家に帰りなよ。それにお嬢様には……こんな下俗な場所、似合わない」
「う、うぅ……。私……本当に世間知らずね……。誠の言う通りだったわ。私の知らない場所には、危ないドブネズミさんがたくさんいるって……。私、今度からはちゃんと、誠の言うことを聞きます……っ」
大粒の涙を今にもこぼしそうなほど瞳を潤ませ、小さく肩を震わせるかすみ。
その瞬間、激しいブレーキ音と共に一台の高級車が乗り付けた。
バァアン!!! とファミレスのドアを勢いよく開けて飛び込んできたのは、肩で激しく息をする森野海斗だった。あのチャラ男どもからの連絡を見て、森野財閥の専属運転手の車を飛ばして大急ぎで駆けつけたのだ。
「てめぇら……! 俺のお嬢に、何泣かせるようなこと言ってやがるんだコラァッ!!」
海斗は迷うことなくかすみの手首をそっと、けれど男らしく力強く掴んだ。
「お嬢、行くぞ。いいから乗れ。ここはあんたが長居していい場所じゃねぇ」
海斗はかすみを森野財閥の最高級セダンの後部座席へと優しくエスコートすると、すぐにかすみの父親である森野薫へと連絡を入れ、お迎えを要請した。
ラグジュアリーな車内。かすみが涙を拭いながら、運転席の海斗をじっと見つめる。
「海斗……。私、本当に世間知らずで……ごめんなさい……」
不器用な番長は、バックミラー越しにかすみの潤んだ瞳を見ると、胸をぎゅっと締め付けられながらも、わざと突き放すような低い声で言った。
「……だから言っただろ。ここはあんたの住む世界とは違うんだ。ファミレスなんて……二度と行くな」
それは、お嬢様を二度と傷つけたくないという、海斗の切なすぎる『本気の優しさ』だった。
まもなく、かすみの実家である納屋財閥の高級お迎え車が到着した。
「かすみ、無事かい!?」
車から飛び出してきた父親が、かすみを抱きしめるようにして自分の車へと乗せる。
「海斗、娘を守ってくれて本当にありがとう」
「……いいえ。じゃあ、お嬢様をよろしくお願いします」
海斗は長ランのポケットに手を突っ込み、かすみを乗せた高級車が去っていくのを、ただじっと見送るのだった。
しかしその時、かすみを乗せた車の助手席で、完璧な執事・誠が冷酷に眼鏡を光らせていたのを、海斗はまだ知らない。
(森野海斗……お嬢様を自分の車に乗せるなど、100億年早うございます。その車ごと、スクラップ工場でペシャンコにして差し上げましょう……)
執事の暗黒の独占欲は、まだまだ燃え上がっていた――。
(第3章・後編へ続く)
第3章【前編】までお読みいただき、ありがとうございました!
ファミちゃん先生を健気に待つかすみお嬢様、ピュアすぎて書いていてとても癒されました(笑)。チャラ男たちの悪ノリから、碧くんのツンデレな正論、そして海斗くんの男気あふれるお迎えまで、青藍高校の面々に振り回されるお嬢様ですが、最後にすべてを持っていこうとする誠さんも相変わらずです。
次回の【後編】では、お家に帰ったかすみお嬢様のお話や、海斗くんの言葉のその後の展開をお届けする予定です!




