第334章:無垢なる刃、仮面の下の屈辱
碧の強固な腕に抱き寄せられ、安心しきった笑顔を浮かべるかすみ。その様子を数歩離れた暗闇から見つめる南将暉の瞳には、ドス黒い嫉妬の炎が燃え上がっていた。
(早瀬碧……! 相変わらず、何食わぬ顔をして俺のかすみの隣にいやがって……!)
完璧に整形された端正な顔立ちの裏で、将暉は奥歯を血が出るほど強く噛み締めていた。今すぐその澄ました顔を殴り飛ばし、かすみを自分の腕の中に奪い返したい。激しい憎悪が全身の血を沸騰させるが、今の自分は名門『南コンチェル』のCEO。ここで本性を表すわけにはいかない。将暉は必死に理性を総動員し、気に食わない感情を冷徹な笑みの下に隠した。
そんな男たちの間で火花が散る一瞬の沈黙の中、かすみは何も気づかないまま、嬉しそうに碧の腕に手を添えて言った。
「南社長、あの、ご紹介しますね。私の旦那の、早瀬碧です」
「……初めまして、南社長。早瀬碧です。妻が何か無礼を働いていなければ良いのですが」
碧の声はどこまでも低く、冷淡だった。名刺交換すら必要ないと言わんばかりの、王者の威圧感。
「早瀬碧の妻」として明確に線引きされた現実に、将暉の心臓が怒りで激しく脈打つ。
しかし、かすみの無邪気で優しい追撃は、そこで終わらなかった。彼女は早瀬ホストとしての礼儀正しさで、さらに将暉へと微笑みかけたのだ。
「あの、南社長、パーティーは楽しんでいらっしゃいますか? もしよろしければ、今度また、お屋敷の方でもゆっくりお話ししませんか? ……南コンチェルともなると、やっぱり海外での生活がとても長くていらっしゃるんでしょう? 私、海外の綺麗なお話、ぜひ色々聞いてみたいですわ」
「――っっ」
その言葉は、将暉の胸に最も鋭い刃となって突き刺さった。
海外生活――。かすみは華やかなビジネスの歴史を想像しているのだろうが、将暉が海外で過ごした時間の実態は、早瀬への復讐のためだけに、名前を捨て、顔を焼き切り、暗黒街の泥水をすすりながら権力を這い上がってきた執念の日々だ。
綺麗なお話など、何一つとしてあるわけがない。
「……ええ、まぁ。それなりに、長い泥の中に……いえ、長い海外生活を送ってまいりましたよ、早瀬夫人」
将暉の声が、わずかに怒りで震える。
隣に立つ碧は、男のその一瞬の動揺、そして「南将暉」という男の歪んだ視線の奥にある、かつて自分が徹底的に叩き潰したはずの『あの害虫』の、悍ましい既視感を見逃さなかった。碧の瞳が、獲物を完全にロックオンした魔王のそれへと、静かに変わっていくのだった。
「本作の執筆にあたり、誤字脱字の確認や文章整理のためAIを利用しています(規約に基づき修正案の提案は受けない設定で使用)。物語の構成や本文作成は全て自分で行っています。」




