第332章:紳士の誘惑、仕掛けられた罠
華やかな歓声とグラスの触れ合う音が鳴り響く、早瀬ホールディングスの創立記念パーティー会場。
碧が他の企業の重鎮たちから挨拶攻めに遭い、わずかにかすみの傍を離れた、まさにその刹那だった。
かすみが一人、手元の大切なジュースグラスを見つめて息をついていると、背後から実になだらかで、低く洗練された男の声がかけられた。
「――はじめまして。本日は素晴らしいパーティーにお招きいただき、誠にありがとうございます」
「え……?」
かすみが驚いて振り返ると、そこには仕立ての良い最高級のスーツを完璧に着こなした、息を呑むほど端正な顔立ちの男が立っていた。
かつて自分を地獄の底へと突き落とした「南条隼人」だとは、その完璧な整形フェイスと、海外仕込みの堂々としたオーラからは、一ミリも想像がつかないほどの別人だった。
男はかすみに向けて、大人の色気を孕んだ極上のビジネススマイルを向けてみせた。
「突然お声をかけてしまい、失礼いたしました。わたくし、南将暉と申します。現在、海外を拠点に展開しております『南コンチェル』のCEOを務めております」
「南コンチェル……の、CEO様……」
かすみはその巨大な企業名に一瞬だけ身を硬くしたが、すぐに早瀬の妻としての気品を保ち、「ご丁寧にご挨拶いただき、ありがとうございます。早瀬かすみです」と、小さく頭を下げて丁寧に応じた。
目の前にいるのが、自分を「未来の妻」と呼び、今なお狂おしいほどの執着を燃やすストーカーだとは、かすみは知る由もない。
将暉は、かすみのその無防備で可憐な姿を網膜に焼き付けるようにじっと見つめ、それから会場の熱気でわずかに上気した彼女の頬へと視線を落とした。今すぐその身体を強く抱きしめたい衝動を、冷徹な理性の鎖でギリギリと抑え込みながら、将暉はさらに一歩、かすみとの距離を縮める。
「……早瀬夫人。会場内は少し、人が多くて熱気がこもっているようですね。お疲れではありませんか?」
将暉はベランダへと続く大きなガラス扉を視線で示しながら、どこまでも優しく、まるでお姫様をエスコートする騎士のような仕草で、かすみに囁きかけた。
「あの……もしよろしければ、少し外に出て、冷たい風にあたりませんか? 良い涼み場所を知っているんです。少し、二人だけでお話しさせていただけませんか?」
紳士の仮面の奥で、獲物をじっくりと追い詰める蛇の瞳がギラリと光る。
碧のいない一瞬の隙を狙って仕掛けられた、南将暉としての最初の罠――かすみはその言葉に、戸惑うように視線を揺らすのだった。
「本作の執筆にあたり、誤字脱字の確認や文章整理のためAIを利用しています(規約に基づき修正案の提案は受けない設定で使用)。物語の構成や本文作成は全て自分で行っています。」




