第19章:涙の帰還と過保護な檻
「――私、あなたとの婚約も結婚も、絶対にしません!」
言い放った私の言葉に、露村隼人とその親族たちは呆然と立ち尽くしていた。凍りついた食堂の空気を背に、私は胸元に「自由帳」を強く抱きしめたまま、振り返ることなく露村財閥のお屋敷を飛び出した。
夜の冷たい風が、涙で濡れた頬を容赦なく叩く。
隼人が差し出してきたあのダイヤの指輪を外し、重い鉄門をくぐり抜けて、私はただがむしゃらに走り続けた。
(……やっぱり、私には最初から歓迎されてなかったのね)
頭の中で、さっき浴びせられた「世間知らず」「不釣り合い」という冷酷なひそひそ話が何度もリフレインする。大きな財閥同士の結婚なんて、私には最初から無理だったんだ。
涙で視界がにじむ中、ようやく辿り着いたのは、見慣れた我が家――納屋財閥の邸宅だった。
「ただいま……っ」
重い玄関の扉を開け、力なくリビングへと足を踏み入れる。そこには、心配そうな顔で待っていたあけみお母様と薫お父様、そして、いつもと変わらない端正な姿で佇む執事の長谷部誠の姿があった。
「かすみちゃん!? 一体どうしたの、その格好は……!」
あけみお母様が血相を変えて駆け寄ってくる。
私はソファに崩れ落ちるように座り込み、お守りのような自由帳をぎゅっと抱きしめたまま、ついに堪えきれずに大粒の涙をポロポロと零した。
「お母様、お父様……私、露村隼人さんとの婚約、お断りしてきたの。だって、あの一族の人たち、私のこと世間知らずだって、不釣り合いだって……ひそひそ笑うんだもの……っ」
「な、何ですって……!? 我が納屋財閥の至宝であるかすみちゃんを、あの露村の分際で見下したというのですか!?」
薫お父様が静かな、けれど凄まじい怒りで拳を握りしめる。
その時、一歩後ろで控えていた誠が、静かに私の前に膝を突いた。そのメガネの奥の瞳が、怒りと強烈な独占欲でバキバキと青白く発光している。
「……かすみお嬢様。やはり、あのトゲトゲ薔薇野郎のところなどへ行かせるべきではなかったのです。お嬢様を傷つける世界など、我が納屋財閥の財力をもって明日の朝には全て叩き潰して差し上げます。ですから……もう泣かないでください」
誠はそっと私の涙を拭うと、低い、けれど誰よりも甘い声で囁いた。
「あなたはただ、私の過保護な檻の中で、世界一ハッピーに守られていれば良いのです。――さぁ、あんなクズどもの嘘を暴く、反撃の準備を始めましょうか」
深く傷つきながらも我が家へ帰ってきた私を待っていたのは、家族の深い愛と、過保護執事による怒涛の反撃の幕開けだった――。
第20章に続く




