第317章:仮面の引き際、狂気のロックオン
貝森拓人とあやめの夫婦が放つ、目に見えないほどの鋭い威圧感と警戒の壁。それを肌で感じ取った南条隼人は、これ以上この場に長居するのは得策ではないと、瞬時に冷徹な計算を働かせていた。
「南修斗」としての爽やかな笑みを崩さぬまま、男は一歩後ろへ下がり、実にスマートに一礼してみせた。
「……お連れ様方がお戻りになられたのでしたら、僕のような不調法者がこれ以上お邪魔するわけにはいきませんね。では、そろそろ帰りますね」
隼人はソファでぐったりとしているかすみへと、どこまでも優しい、慈愛に満ちた視線を向けた。その瞳の奥に隠された、蛇のような執着をひた隠しにしながら。
「かすみさん。また、お身体の調子が良い時に、遊びに来てもいいですか? ……そうだ、元気になったら、この近くに新しく、すごくおいしいカフェができたんですよ。今度ぜひ、一緒に行きましょうね。……それでは、失礼します」
最後にもう一度、拓人とあやめに完璧な隣人としての会釈を残し、男は未練を感じさせない足取りで、ゆっくりと邸宅の玄関へと向かい、静かに扉を閉めて出て行った。
「……妙に人当たりの良い男だったな。だが、あの距離感は不自然だ」
拓人がリビングの窓から、男が去っていく後ろ姿を鋭い目で見送る。あやめもすぐに、かすみの冷え切った手を握りしめて看病へと戻った。
その頃――。
重厚な玄関の扉を閉め、邸宅の敷地外へと一歩踏み出した瞬間。
「南修斗」の顔から、それまでの爽やかで親切な『善人の仮面』が、剥ぎ取られるようにしてガラガラと崩れ落ちた。
「ひっ……、ははは……っ! あははははははっ!!」
隼人は口元を片手で覆い、漏れ出そうになる狂ったような歓喜の笑い声を、激しい波音の中に紛れ込ませた。その瞳は、怒りと未練、そして歪んだ独占欲でギラギラと狂気に染まりきっていた。
(これで……これでやっと、かすみの居場所がわかったぞ……!)
早瀬やおじさまの目を盗み、名前を変え、這いつくばるようにして生き延びてきた地獄のような日々。その苦労が、今すべて報われたのだ。早瀬碧がどれほど厳重に隠そうとも、かすみは今、自分のすぐ手の届く場所にいる。
隼人は邸宅を振り返り、愛おしそうに、そして悍ましい殺意を込めて、その白い壁をじっと見つめた。
「また、いつでも遊びに行ける……。すぐ隣にいるんだからな。……待っててね、僕の、愛しのかすみ……」
冷たい海風が、落ちぶれた御曹司の歪んだ執念の囁きを乗せて、激しく吹き荒れるのだった。
「本作の執筆にあたり、誤字脱字の確認や文章整理のためAIを利用しています(規約に基づき修正案の提案は受けない設定で使用)。物語の構成や本文作成は全て自分で行っています。」




