第316章:善人の仮面、張り詰める疑惑
「あ、これは失礼しました。不審な者ではないんです」
貝森拓人とあやめの二人が放つ、張り詰めたような鋭い警戒の視線を浴びながらも、男は慌てる様子すら見せず、実になだらかで爽やかな笑みを浮かべて頭を下げた。
その物腰は、どこからどう見ても非の打ち所がない「親切な近隣住民」そのものだった。
「初めまして。私、最近こちらのすぐ近くの別荘に越してきました、南修斗と申します」
南条隼人は、丁寧に、しかし堂々とした態度で自らの偽名を名乗った。
かつてかすみを拉致監禁し、早瀬やおじさまによってすべてを剥ぎ取られたあの狂気の男と同一人物だとは、声のトーンや服装の雰囲気、そして巧みな変装のせいで、すぐには誰も結びつけられないほど完璧な演技だった。
「たまたまお近づきのご挨拶に伺ったのですが、インターホンを押して出てこられたかすみさんの顔色が、あまりにも悪くて……。ドアのところで倒れそうになっていらしたんです」
隼人はお盆の上にある、かすみが一口つけたばかりの湯気立つお椀を愛おしそうに見つめ、それからあやめへと視線を向けた。
「お一人で本当に辛そうでしたので、放っておけなくて……。ついお節介とは思いながらも、栄養のあるおかゆスープを作って差し上げたんです。……すみません、勝手にお屋敷の台所を借りてしまって。お連れ様がいらっしゃるまで、せめて何か口にしていただければと思ったのですが、ご迷惑でしたでしょうか?」
申し訳なさそうに眉を下げて見せる「南修斗」の姿に、リビングの空気は一瞬、戸惑うように揺れた。
「……いえ、かすみさんを助けていただいたのでしたら、こちらとしても感謝しなければなりませんね」
拓人は努めて冷静に、大人の対応で言葉を返した。
だが、拓人の鋭い審美眼は、男の言葉の裏にある「何か」を冷徹に見定めようとしていた。
早瀬の息がかかったこの療養邸宅のSPたちが、なぜこの男の侵入を許したのか。そして、初対面のはずの隣人が、いくら親切とはいえ勝手に台所に入り込んで料理を作り、ソファの至近距離まで詰め寄っているこの異様な状況――。
「南さん、とおっしゃいましたか。かすみのために、そこまでしていただき本当にありがとうございました。あとは私たちが看病いたしますので、どうぞお気遣いなく」
あやめが優しく、しかし明確な「立ち入り禁止」の線を引くように、かすみの身体を庇いながら男の前に進み出た。
善人の仮面を被った南条隼人と、かすみを守る貝森夫妻。静かなリビングの中で、言葉の刃が火花を散らすような、あまりにも危険な心理戦が幕を開けるのだった。
「本作の執筆にあたり、誤字脱字の確認や文章整理のためAIを利用しています(規約に基づき修正案の提案は受けない設定で使用)。物語の構成や本文作成は全て自分で行っています。」




