第313章:偽りの隣人、忍び寄る影
波の音だけが静かに響く、海辺の療養邸宅。
拓人とあやめがどうしても外せない用事でわずかに席を外した、まさにその隙のことだった。
ピンポーン、と静かな玄関にインターホンの音が頼りなく響く。
かすみは術後の重い身体を引きずり、虚ろな瞳のまま扉を開けた。そこに立っていたのは、かつての高級スーツを脱ぎ捨て、どこか爽やかで人当たりの良さそうな服を着た一人の男だった。
「初めまして。突然押しかけてしまってすみません。すぐ近くに最近引っ越してきました、南修斗と申します。これ、つまらないものですが、ご挨拶に……」
男は人懐っこい笑みを浮かべ、丁寧に頭を下げた。
しかし、その声の響きに、かすみの身体は本能的な恐怖でかすかに強張った。聞き覚えのあるような、けれど記憶の霧の向こうに隠されたような、不気味な違和感。
かすみは精神的な大ショックの最中にあり、目の前の男が、変装し偽名を名乗る南条隼人であるという決定的な事実に、まだ気づくことができなかった。
「あ……、ご丁寧に、わざわざ……っ」
かすみは辛うじて言葉を返そうとしたが、あまりの体調の悪さに激しく目眩を起こし、ドアの枠に細い手を突いてガクリと膝を折る。
「おっと、大丈夫ですか……!? あの、もの凄く顔色悪いですね……」
南修斗――南条隼人は、心配そうな表情を作って素早くかすみの身体を支えた。その瞬間、彼の瞳の奥に、獲物を追い詰めた獣のようなドス黒い歓喜の光がチリリと灯る。
「こんなボロボロの身体で、一人でいるなんて危ないな……。そうだ、これだけ顔色が悪いなら、何か栄養のあるものをパパッと作りますね。遠慮しないでください、お隣さんのよしみですから」
「え……? いえ、そこまでしていただく訳には……」
かすみが弱々しく拒絶しようとするのも聞かず、隼人は親切な隣人の仮面をかぶったまま、ずかずかと邸宅の中へと踏み込んできた。
「いいんですよ。さぁ、お姉さんはあっちのソファで横になっていてください。……台所、借りますね?」
そう言って、男はかすみに背を向け、迷いのない足取りで廊下の奥の台所へと歩いていく。
親切の裏に隠された、すべてを狂わせた男の冷酷な悪意。台所という、あらゆる危険が潜む場所にあの男を足を踏み入れさせてしまった恐怖に、かすみはまだ気づかぬまま、激しい悪寒に身を震わせるのだった。
「本作の執筆にあたり、誤字脱字の確認や文章整理のためAIを利用しています(規約に基づき修正案の提案は受けない設定で使用)。物語の構成や本文作成は全て自分で行っています。」




