第301章:幻影のぬくもり
碧が隣の応接室でおじさまからの報告書を手に激昂し、南条隼人への復讐の炎を燃え上がらせていた、まさにその時のことだった。
静まり返った特別病棟のベッドから、かすみは音もなくゆっくりと起き上がった。
心も体もとうに限界を超えているはずなのに、彼女の身体はまるで何かに操られるように、ふらふらと病室の扉を開けて外へと歩き出していた。
点滴を引き抜いた腕からの血は、すでに止まりかけてカサブタになっている。うつろな瞳のまま、かすみは薄暗い夜の病院の廊下を、壁に手を突きながら一歩、また一歩と進んでいく。
「赤ちゃん……どこ……? 私の、赤ちゃん……」
彼女の頭の中では、まだあの温かい夢が続いていた。
パステルカラーの新しい首輪をつけた子猫と、自分の赤ちゃんが並んで眠っている、あの愛おしい楽園の光景。それだけが、今の彼女にとっての唯一の真実だった。
かすみはエレベーターに乗り、夜間は誰もいない、ひっそりとした病院の空中庭園へと辿り着いた。
遮るもののない夜空から、冷たい月明かりが庭園を優しく照らし出している。風がマタニティドレスを揺らす中、かすみはハッと目を見開いた。
月明かりの下、誰もいないベンチの横に、きらきらと輝く小さな光の粒子が見えたような気がしたのだ。いや、彼女の目には、確かにそこに、愛しい我が子が子猫と丸くなって眠っている姿がはっきりと映っていた。
「あっ……」
かすみのガラスのようだった瞳に、一瞬にして爆発するような歓喜の光が灯る。その顔に、この世のものとは思えないほど美しく、そしてどこか危うい、純粋な笑顔が咲いた。
「私の赤ちゃん……ここにいたのね……っ。よかった、ずっと探していたのよ……!」
現実には、そこには夜風に揺れる草花と冷たいベンチの影があるだけだった。
しかし、かすみは狂おしいほどの愛おしさを込めて、誰もいないその空間に向かって、震える両腕をそっと、優しく広げた。
「さぁ……もう大丈夫よ。ママのところにおいで……」
存在しない我が子を胸に抱きしめるように、かすみは虚空をきつく抱きしめ、愛おしそうに身体を揺らすのだった。その頬を、止まらない涙が静かに濡らし続けていた。
「本作の執筆にあたり、誤字脱字の確認や文章整理のためAIを利用しています(規約に基づき修正案の提案は受けない設定で使用)。物語の構成や本文作成は全て自分で行っています。」




