第288章:最後の誓いと、それぞれの道
空中庭園の緑の中で、涙ながらに頭を下げ続ける神宮寺クリニックの元受付の女性。その肩の震えを見つめながら、かすみはそっと胸元に手を当て、深く静かな息を吐き出した。
南条隼人に利用されていたとはいえ、彼女もまた、歪んだ恋心に狂わされた被害者の一人だったのだ。かすみの瞳から、先ほどまでの恐怖の色は消え、代わりに柔らかな憐れみの光が宿っていく。
女性はゆっくりと顔を上げ、涙を拭うと、どこか吹っ切れたような、けれど寂しげな笑みを浮かべて語り始めた。
「かすみ様……。私はおじさまに全てをお話しした後、自分の犯した罪の恐ろしさに、このまま消えてしまいたいとすら思いました。でも、おじさまは私に『犯した罪は消えないが、これからの生き方で償え』と仰ってくださいました」
「おじさまが……」
「はい。ですから私……この街を離れ、田舎の実家に帰ることに決めました。実は、私の両親も小さなクリニックを経営しているのです」
女性は遠い故郷の空を想うように、目を細めた。
「本当に小さな田舎のクリニックで、私の両親ももう年ですから……そろそろ病院を閉めたいと言っています。だから私、実家に帰って、両親の病院のお手伝いをします。それが、今まで不届きな真似をしてきた私にできる、せめてもの贖罪だと思っています」
彼女の言葉には、もう南条隼人に溺れていた頃の危うさはなかった。年老いた両親を支え、医療の現場を最後まで見届けるという、一人の人間としての確かな覚悟が宿っていた。
「私も、実家の病院をやめるその日まで、一生懸命お手伝いします。そして……約束します。もう、二度とかすみさんの前には現れません。南条隼人との関係も、すべて過去に置いていきます」
「……」
かすみは静かに彼女を見つめ、そして、小さく、けれど確かに頷いた。
「分かりました。あなたのこれからの道を、私もお腹のこの子と一緒に、静かに応援しています。……どうか、ご両親を大切にしてあげてくださいね」
「かすみ様……っ、ありがとうございます……! ありがとうございます……っ!!」
再び溢れ出した涙をボロボロと流しながら、女性は今度は感謝の思いを込めて、深く、深く一礼した。
「かすみ、お待たせ。――おや?」
そこへ、冷たい飲み物を持った碧が、周囲を警戒するような鋭い眼差しを向けながら戻ってきた。だが、かすみは碧の腕にそっと手を添え、優しく微笑みかける。
「大丈夫ですよ、碧さん。……今、ひとつの哀しい過去が、優しく終わったところですから」
去りゆく女性の小さな背中を、かすみと碧、そしてお腹の新しい命は、夏の終わりの風の中で静かに見送るのだった。
「本作の執筆にあたり、誤字脱字の確認や文章整理のためAIを利用しています(規約に基づき修正案の提案は受けない設定で使用)。物語の構成や本文作成は全て自分で行っています。」




