第283章:希望の鼓動と、心残り
神宮寺クリニックでの悍ましい裏切りと、おじさまによる怒濤の追及があった翌日。
かすみは周囲の強い勧めもあり、完璧なセキュリティを誇る『早瀬ホールディングス』の系列病院へと入院していた。
「神宮寺クリニックでの出来事があってから、かすみさんの心身には想像以上の負荷がかかっています。お腹のお子さんのためにも、しばらくは徹底的にストレスをかけないよう、静かな環境で心と体を休めましょう」
信頼できる一流の医師からの言葉通り、碧やおじさまたちは、かすみの病室に一切の不穏なニュースや南条の影を持ち込ませなかった。ここは、世界で最も安全な、碧がかすみのために用意してくれた愛の要塞だった。
それから、穏やかな時間がゆっくりと流れていった――。
体調が良い日には、かすみは碧に伴われ、病院の最上階にある入院患者専用の美しい空中庭園に出て、のんびりと散歩をするのが日課になっていた。
夏の終わりの心地よい風が、かすみの長い髪を優しく揺らす。
「あ……」
ふと足を止めたかすみは、愛おしそうに自身のお腹へと両手を当てた。
ゆったりとしたマタニティドレスの上からでも、今やはっきりと分かるほどに、彼女のお腹はふっくらと丸みを帯びて目立つようになっていた。
(トントン……)
その時、お腹の奥から、まるで小さなノックのような愛らしい感触が、かすみの手のひらに伝わってきた。
「ふふ、碧さん……。今、この子が中から小さく動いたのが分かりました。元気に育ってくれているんですね……っ」
「本当かい、かすみ……!」
隣を歩いていた碧が、弾かれたように顔を輝かせ、かすみの手の上に自身の大きな手をそっと重ね合わせる。二人の手のひらを通じて、確かに感じられる愛おしい我が子の胎動。
南条の恐怖から守られ、こうして碧の腕の中で新しい命の息吹を感じられる毎日は、かすみにとって奇跡のような幸福そのものだった。
しかし――。
お腹の赤ちゃんが愛おしくなればなるほど、かすみの胸の奥には、どうしても消えない小さな『気がかり』が燻り続けていた。
おじさまの邸宅のサンルームに置いてきてしまった、あの南条の家から命がけで逃げてきた猫の親子。
「あのママ猫ちゃん、子猫たちと一緒に、今頃どうしているかしら……」
子供たちがちゃんとお世話をしてくれているだろうか。自分と同じように、南条の呪縛から逃れて安心した暮らしができているだろうか。
庭園の遥か遠い空を見つめながら、かすみはお腹の愛しい我が子を愛撫すると同時に、あのお屋敷に残した小さな猫の親子の安否に、そっと心を馳せるのだった。
「本作の執筆にあたり、誤字脱字の確認や文章整理のためAIを利用しています(規約に基づき修正案の提案は受けない設定で使用)。物語の構成や本文作成は全て自分で行っています。」




