第236章 執着の影、仕組まれた偶然
早瀬碧と納屋かすみの婚約、そして両財閥を巻き込んだ賑やかな夏休みのお泊まり会に世間が沸き立とうとしていたその頃。
格式高い都心の超高級ホテルの高層階にあるVIPサロンには、それとは真逆の、息が詰まるような重苦しい空気が立ち込めていた。
「麗華さん、先日はうちの隼人が大変失礼な態度をとってしまい、本当に申し訳なかった。どうか、南条家と西園寺家の未来のために、もう一度だけチャンスをいただけないだろうか」
必死の形相で頭を下げているのは、南条財閥のトップである隼人の両親だった。
その向かい側には、冷徹な美しさを湛えた西園寺麗華が、両親を伴って冷ややかな視線を投げかけている。
一度は隼人のあまりにも失礼な態度のせいで、一瞬にして破談へと転がり落ちた縁談。
普通であれば二度と交わるはずのない席だったが、今の南条財閥は文字通り後がなかった。新興勢力である早瀬碧の台頭、そして唯一の弱みだと思っていたかすみが、あろうことか巨大な「納屋財閥」の愛娘――納屋かすみとして世間に認められようとしているのだ。このままでは南条の権威は失墜する。だからこそ、西園寺家の権力に縋ろうと、両親揃っての2度目の縁談の席を平伏すようにしてセッティングしたのだ。
そんな親たちの必死なやり取りを、隼人はどこか他人事のように、冷め切った瞳で見つめていた。
(勝手に盛り上がっていろ……。俺の目的は、こんな形だけの縁談ではない)
隼人が視線を向けたのは、眼下に広がるホテルの大宴会場へと続く美しい吹き抜けのロビーだった。
南条の圧倒的な情報網は、ある確かな噂を掴んでいた。
今日、まさにこの同じホテルのメインホールで、早瀬碧と納屋かすみの「婚約披露パーティー」が華々しく執り行われるということを。
このホテルを縁談の場所に指定したのは、他でもない隼人自身だった。
麗華との2度目の見合いなど、南条のメンツを保ち、周囲の目を欺くためのただの隠れ蓑に過ぎない。
(偶然を装えば、警備の薄い場所でかすみに会うことができる……)
胸の奥で、どす黒く、だけど強烈な熱を持った執着が鎌首をもたげる。
碧がかすみのために指輪をデザインしたことも、納屋の屋敷で幸せそうに笑っていることも、すべてが気に入らなかった。あいつの隣にいるべきなのは、早瀬碧などという男ではない。
かつて自分の手の中にいた、可憐で、健気で、自分の色に染まるはずだった女。
家柄や義務という鎖でどれだけ縛ろうとも、彼女のすべてを支配していたのは自分だったはずだ。
「かすみ……」
グラスを持つ隼人の指先に、白くなるほどに力がこもる。
どんなに他の男の影がチラつこうが、どんなに別の財閥の名を名乗ろうが関係ない。あいつの初めてを、あいつの孤独を、あいつの人生のすべてを最初に狂わせ、刻み込んだのはこの俺だ。
(待っていろ、かすみ。今すぐそこから引きずり戻してやる。……お前は、俺の妻だ)
眼下できらめくパーティーの明かりを見つめながら、隼人は口元に歪んだ笑みを浮かべ、静かに立ち上がった。仕組まれた「偶然」の歯車が、いま最悪の音を立てて回り出そうとしていた。
「本作の執筆にあたり、誤字脱字の確認や文章整理のためAIを利用しています(規約に基づき修正案の提案は受けない設定で使用)。物語の構成や本文作成は全て自分で行っています。」




