第161章:冷たい食卓〜ママという名の聖域〜
長谷部家の朝食は、まるで儀式のように静まり返っていた。
銀の食器が陶器に触れるカチリという音だけが、広大なダイニングに響く。
凛と蓮の目の前には、高級な食材が並んでいたけれど、二人の箸は全く動いていなかった。彼らはただ、一点を見つめて座っている。
「食べなさい。長谷部の人間たるもの、残すなど恥ずべきことよ」
麗子の冷淡な声が飛ぶ。彼女は二人の子供を、愛情を注ぐ対象ではなく、長谷部という家紋を背負わせるための「付属品」のように扱っていた。
しかし、二人は彼女の言葉を無視した。いや、もはや耳に届いていないのかもしれない。
「……ママ、どこにいるの?」
凛が、枯れ果てた声で呟いた。
「ママ、どこにいるの?」
蓮もまた、うつろな目で繰り返す。
彼らの頭の中には、麗子が押し付ける経済学の理論も、社会のルールも、何一つ入っていない。ただ、自分を無条件に愛してくれた母親の姿だけが、焦がれるように焼き付いている。
ダイニングの端で、誠さんが苦悶の表情を浮かべていた。
彼は父親として、この状況を止めたいと願っている。けれど、横で目を光らせる妻・麗子の前では、何も言うことができない。愛するかすみさんの面影を強く残す二人が、まるで壊れかけた人形のように「ママ」を求め続ける姿は、彼の心を容赦なくえぐり続けていた。
「……ママ、どこにいるの……?」
その問いかけは、やがて嗚咽に変わった。
我慢の糸が切れたように、凛と蓮が声を上げて泣き出した。それは、幼い子供が抱えきれないほどの孤独を吐き出す、魂の叫びだった。
「ママ……っ! 帰りたいよ……ママのところへ帰りたいよぉ……っ!」
麗子は苛立ちを隠そうともせず、スプーンを置いた。
「うるさいわね。……愛情? そんなものは、弱者がすがる幻想に過ぎないわ。あの子たちには、厳しさこそが必要なのよ」
間違っている。
あやめさんたちとの時間で知った、あの笑顔。子供たちの心が飢えていたのは、厳しさや名誉なんかじゃない。
母親の愛――かすみさんの温もりだった。
高倉麗子は、最も基本的な「子供の育て方」を間違えていた。
ただの餌と知識を与えるだけでは、子供の心は育たない。母親という名の聖域を失った二人は、今、猛烈な乾きの中で枯れようとしていた。
「本作の執筆にあたり、誤字脱字の確認や文章整理のためAIを利用しています(規約に基づき修正案の提案は受けない設定で使用)。物語の構成や本文作成は全て自分で行っています。」




