第127章:許されざる想い〜長谷部の庇護と、こぼれ落ちた本音〜
長谷部ホールディングスが極秘に手配した、海が見える静かな特別療養室。
南条財閥の強大な権力さえ絶対に届かないこの絶対的な安全圏で、私はお腹の新しい命を迎えるための準備を少しずつ進めていた。
「誠さん……」
窓辺から振り返ると、いつものように静かに控えている彼が私を見た。
長谷部グループの御曹司としての顔を持ちながらも、私の前ではあの頃と何も変わらない、優しくて隙のない『執事』の顔をしてくれている。
「お願いがあるの。私が出産の手筈を整えていること……あけみさんと、薫さんにだけ伝えてもらえるかしら? 南条の人間には、絶対に、絶対に知られたくないの」
「……承知いたしました。あけみ様と薫様には、私から極秘に連絡をお入れしておきます。ご安心ください、南条隼人の耳には決して入れさせません」
誠さんの力強く、そして穏やかな声に、張り詰めていた心がゆっくりと解けていくのを感じた。
南条隼人の息の詰まるような鳥かごの中で、誰を信じていいのかもわからず、ただ恐怖と絶望に支配されていた私を、誠さんはすべてを投げ打って助け出してくれた。幼い頃からずっと、彼はこうして素性を隠して私の傍にいて、どんな危険からも私を守り続けてくれたのだ。
気がつけば、私の口から、ずっと胸の奥底に堅く封じ込めていた言葉がこぼれ落ちていた。
「私ね……ずっと、誠さんのことが好きだった」
「……えっ」
誠さんの息を呑む微かな音が聞こえた。
言ってはいけないと、痛いほどわかっていたのに。感情の堰が切れて、もう止められなかった。
「でも、お嬢様と執事だから……絶対に、恋をしたらいけないんだって、自分に言い聞かせてきたの」
あけみさんの庇護下にあった納屋家の令嬢と、ただの執事。
そして今は、南条の妻と、長谷部の御曹司。
私たちが結ばれる未来なんて、どこにもないことくらい、私が一番よくわかっている。言って彼を困らせてはいけないのだ。
ハッと我に返り、私は彼から目を逸らして強く首を振った。
「ご、ごめんなさい……! 今のは忘れて。どうか、忘れてちょうだい……っ」
いたたまれなくなって顔を覆おうとした私の手首を、不意に、大きくて温かい手が優しく、けれど逃げ場のない強さで掴んだ。
「……かすみ様」
頭上から降ってきたのは、いつもの冷静な執事の声ではない。
熱を帯び、長年抑え込んできた情念が滲み出すような、一人の男としてのひどく切実な声だった。
128章に続く




