第126章:隠された血筋〜森野薫の導きと、幼き日の約束〜
「私が、長谷部重光と玲子の息子であり、長谷部ホールディングスの後継ぎであることは事実です」
誠さんのその言葉に、私は息を呑んだ。
長谷部健三といえば、経済界でその名を知らぬ者はいない大物だ。そんな雲の上の存在の息子が、なぜ私の傍にいたのだろうか。
「……どうして、そんなあなたが納屋家の専属執事になんて……」
「すべては、森野薫様のお導きでした」
「薫さんが……?」
思わぬ名前が飛び出し、私は目を丸くした。あけみさんの秘書であり、私にとっても昔から親しみのある薫さん。
「ええ。当時、納屋財閥のトップとして多忙を極めていたあけみ様は、まだ幼かったあなたの安全を誰よりも案じておられました。財閥の令嬢という立場上、常に危険と隣り合わせだったあなたを、最も信頼できる人間に守らせたい、と」
誠さんは窓の外を見つめながら、遠い過去を愛おしむように目を細めた。
「そこで、長谷部家と個人的な親交があった薫様が、私に白羽の矢を立てたのです。『あけみに代わって、かすみお嬢様を傍で護ってくれないか』と」
「そんな……でも、長谷部の御曹司が執事になるなんて、普通なら……」
「もちろん、私が長谷部の人間であることは、あけみ様と薫様、そして一部の人間だけの極秘事項でした。もし長谷部の跡取りが納屋家の執事をしていると世間に知れれば、あらぬ憶測を呼び、不要な波風が立ちますからね。……だから私は、身分を伏せ、ただの『誠』という一人の執事として、あなたの傍に仕えることになったのです」
誠さんの静かな告白が、私の中にすとんと落ちていく。
幼い頃、私が庭で転んだ時、いつも一番に駆け寄ってくれたのは誠さんだった。
私がサファリア女学院に通うようになった時も、青藍高校の交流会へ向かう時も、そして南条家へ嫁ぐという最悪の決断を下した時も。
彼はいつだって自分の素性を隠し、ただ黙って私の背中を見守り、危険から遠ざけようとしてくれていたのだ。
「……ずっと、守ってくれていたのね。私が、何も知らない時からずっと」
「それが、私の役目ですから」
誠さんは優しく微笑むと、私の前にひざまずき、そっと私の手を取った。
「納屋家にいた頃も。南条隼人の下へ潜り込んだ時も。……そして、今も。私の存在意義は、かすみ様、あなたをお守りすることだけなのです」
その手から伝わる温もりは、幼い頃からずっと変わらない、私だけの絶対的な騎士のものだった。
127章に続く




