第121章:見知らぬ領域〜長谷部の別荘と、執事の切り札〜
深夜のハイウェイを、誠さんの運転する車は滑るように走り続けていた。
街のネオンはとうの昔に過ぎ去り、窓の外には深い森のシルエットと、時折すれ違うトラックのヘッドライトだけが流れていく。
助手席で毛布にくるまりながら、私はいつの間にか浅い眠りに落ちていたようだ。
「……かすみ様。到着いたしました」
静かな声で目を覚ますと、車は鬱蒼とした木々に囲まれた、堅牢な鉄扉の前に停まっていた。
自動で重厚な門が開くと、その奥には納屋の別荘にも引けを取らない、壮麗でモダンな洋館が静かに佇んでいた。
「ねぇ、誠さん……ここは、どこなの?」
私が不安げに周囲を見回しながら尋ねると、誠さんはエンジンを切り、静かに私の方を向いた。
「長谷部ホールディングスが所有する、プライベートの別荘です」
「長谷部……?」
聞き覚えのある名前に、私は目を丸くした。長谷部ホールディングスといえば、南条財閥や早瀬のグループとも異なる、独自の巨大なネットワークを持つ企業グループだ。
「なぜ、そんな場所に……?」
「今の南条様や早瀬社長の監視網から完全に逃れるためには、南条の息がかかっていない、かつ同等の力を持つ『他者の領域』に身を隠すしかありません。……ここは、私の個人的な繋がりで手配した場所です。南条様にも、決して足はつかないでしょう」
誠さんはそう言うと、ふっと微かに、けれどとても優しい笑みを浮かべた。
「ここはもう、あの人たちの鳥かごの中ではありません。どうかご安心を」
完璧な執事だった彼が、南条の権力を出し抜くために用意した秘密の隠れ家。
彼のその頼もしい横顔を見つめながら、私は張り詰めていた息を長く、長く吐き出した。お腹の小さな命を守るための、誰にも邪魔されない時間が、ようやく始まろうとしていた。
122章に続く




