第118章:逃避行と見えない糸〜早瀬の提案と、支配者の影〜
限界を超えた恐怖と重圧で意識を手放した私が、再び目を覚ましたのは自室のベッドの上だった。
「かすみ、気がついたのね……!」
顔を覗き込んだあけみさんと薫さんは、心底ホッとしたように息を吐いた。
南条家の人間が、突然『偵察』にやってくるような状況。そして何より、あの早瀬碧が直接この屋敷へ乗り込んでくるという異常事態。
もはや、この納屋邸の本邸すら安全な場所ではない。
「かすみ。あなたは専属の医師を連れて、すぐに納屋財閥の別荘へ移りなさい。誰にも場所は教えないわ。そこでゆっくり心と体を、お腹の子供を休めるのよ」
あけみさんのその提案に、私は縋るように頷いた。
とにかく、南条隼人からも早瀬碧からも、一番遠い場所へ逃げたかった。
しかし、別荘へ向かう準備を進めていた矢先。
信じられない連絡が、納屋邸に入ったのだ。
『納屋かすみさんのご療養のためであれば、ぜひ我が早瀬ホールディングスが所有する別荘をお使いください。医療設備も、セキュリティも万全に整えておりますので』
それは他でもない、早瀬碧からの申し出だった。
「……どうして」
報告を受けた私は、震える手で自分を抱きしめた。
私を精神的に追い詰め、倒れる原因を作った張本人が、なぜそこまでするの?
まるで、私が本邸から逃げ出すことすら計算し尽くして、先回りして罠を張っているかのような、不気味すぎる気遣い。インテリジェントな笑顔の裏に隠された、彼の底知れぬ狂気に背筋が粟立つ。
同時に、ある恐ろしい疑念が脳裏を黒く塗りつぶしていった。
(まさか……これも、南条隼人なの?)
早瀬碧が、ただの友人という立場でここまで異常な干渉をしてくるはずがない。
もしかして、裏で隼人と早瀬が繋がっている? 私が納屋の別荘に逃げ込むことを見越して、隼人が早瀬を使って、私を完全に自分たちの監視下に置くための鳥かごを用意した……?
どちらの男の歪んだ思惑なのかはわからない。
ただ一つ確かなのは、私がどこまで逃げようと、彼らの見えない『支配の糸』が私の手足に絡みついているという、圧倒的な絶望だけだった。
119章に続く




