第117章:最強の盾と、最恐の訪問者〜笑顔の死神〜
可憐さんの鋭い追及に息が詰まりそうになったその時、客間の重厚な扉がパタンと開いた。
「かすみさん。絶対安静なのだから、ベッドで寝てなきゃだめでしょ?」
凜とした、けれど温かみのある声。
振り返ると、納屋あけみさんと森野薫さんが、毅然とした態度で立っていた。私にとっての、最強の救世主だった。
あけみさんは私に優しく微笑みかけると、そのまま冷ややかな視線を南条虎之介と可憐の二人へと向けた。
「あらっ、南条のご夫妻。本日はどのようなご用件かしら?」
「え、ええ……かすみさんがお休みされていると聞いて、お見舞いに……」
先ほどまでの勢いを失い、可憐さんが愛想笑いを浮かべる。しかし、あけみさんは容赦なく言葉を叩きつけた。
「かすみは、しばらくお仕事はお休みですよ。……もしかして、南条隼人さんから『様子を見てこい』とでも言われたのかしら? もしそうなら、南条の当主に、私たちから直接申し上げなきゃいけないのかしらね。かすみには一切干渉するな、と」
納屋財閥の重鎮であるあけみさんの圧倒的な威圧感に、虎之介たち夫妻は明らかに顔を引きつらせた。
その、張り詰めた空気が頂点に達した時だった。
「――お取り込み中のところ、失礼いたします」
背後から響いた、ひどく穏やかで、知的で……そして私にとって世界で一番恐ろしい男の声。
ビクッ、と私の全身が硬直する。
開いた扉の向こうに立っていたのは、完璧なスーツを着こなし、銀縁メガネの奥で目を細めて微笑む男――早瀬ホールディングス社長、早瀬碧だった。
「初めまして。早瀬碧と申します。納屋かすみさんとは友人でして、お加減が悪いと耳に挟みましたので、お見舞いに」
誰も呼んでいない。なぜ彼が、私の居場所を知っているのか。
恐怖で声も出せない私をよそに、早瀬は優雅に会釈をし、南条夫妻に向かってにこやかに提案した。
「実は、このすぐ近くに私が手がけた新しい『カフェ』がオープンしましてね。とても素晴らしい空間をご用意できました。ぜひ皆様にも来ていただきたいと、ご案内にお伺いした次第です」
『カフェ』。
その単語が出た瞬間、私の脳裏にあの日の絶望がフラッシュバックする。彼が裏で全てを操り、私を地獄へ突き落としたあの場所。
あけみさんの追及から逃れる口実を欲していた虎之介と可憐は、渡りに船とばかりに立ち上がった。
「まあ、それは素晴らしい! 納屋の皆様はお忙しそうですし、私たちはさっそく、そのカフェとやらへ行きましょう」
「ええ、ご案内しますよ」
早瀬は、私に向かって一瞬だけ、ゾッとするほど冷たく暗い笑みを向けた後、南条夫妻を引き連れて嵐のように去っていった。
静寂が戻った客間。
彼がわざわざここまで来て、『カフェ』という言葉を残していった意味。南条の人間すらも手駒のように操る、その底知れぬ狂気。
「……っ」
限界を超えた恐怖と重圧に、私の視界はぐらりと歪んだ。
「かすみさん!?」
あけみさんと薫さんの悲鳴のような声を遠くに聞きながら、私は崩れ落ちるように意識を手放した。
118章に続く




