第116章:優雅な包囲網〜ティーカップ越しの探り合い〜
納屋邸の豪奢な客間には、最高級のダージリンの香りが漂っていた。しかし、その優雅な空気とは裏腹に、私の心臓は嫌な音を立てて早鐘を打っていた。
「すみませんね、突然訪問してしまって」
向かいのソファでティーカップを傾けながら、可憐さんがふんわりと微笑む。
「かすみさんがずっと家にいらっしゃらないから、心配で心配で……どうしてもお顔が見たくて、虎之介にお願いして連れてきてもらったのよ」
「……お気遣い、ありがとうございます」
私は完璧な角度で微笑み返し、紅茶に口をつけた。
(嘘ばかりだわ。絶対に、隼人から『偵察に行ってこい』と命令されて来たに決まってる)
南条隼人が、自分の思い通りにならない今の状況に苛立ち、身内を使って強制的に私の状態を把握しようとしているのは明白だった。
さらに悪いことに、納屋あけみさんと森野薫さんはそれぞれ外出し、この二人の突然の訪問を知らない。今は私一人で、この南条家の手強い刺客たちを相手にしなければならないのだ。
隣に座る虎之介さんも、口数こそ少ないものの、その鋭い目は部屋の調度品から私の一挙手一投足に至るまで、値踏みするように観察している。
「それにしても……」
可憐さんが、ティーカップをコトリとソーサーに置き、スッと目を細めた。
その視線が、私の青白い頬から、テーブルの下で無意識に下腹部を庇っていた私の手元へと滑り落ちる。
「かすみさん、ひどく顔色が悪いわね。お疲れのようだけど……どこか具合でもお悪いの?」
ビクッ、と。
肩が跳ねそうになるのを必死に抑え込んだ。
「……いいえ。少し、急な環境の変化で疲れているだけですわ。ご心配をおかけして申し訳ありません」
「そう? でも、なんだか……」
可憐さんは赤いルージュの唇を弧に吊り上げ、逃げ道を塞ぐように言葉を継いだ。
「以前お会いした時と、少し『雰囲気』が変わったような気がするわ。女性特有の……そうね、何か重い秘密でも抱えているような」
可憐さんの甘く、そして毒を含んだ言葉が、真綿で首を絞めるように私に絡みついてくる。
この人たちに、子供の存在を悟られるわけにはいかない。
南条家の人間を欺くことがどれほど恐ろしいことか。私は冷や汗が背中を伝うのを感じながら、引きつりそうになる頬を必死に持ち上げ、ただ無言で微笑みを保つしかなかった。
117章に続く




