第110章:秘書の越権行為〜邸宅でのプライベート・コレクション〜
仕事のことが気になって仕方がない私を、誠さんは静かに、しかし有無を言わさぬ声で制した。
「今は、何も気になさる必要はありません。奥様の現在の最優先業務は、ゆっくりとお体を休めることです」
その強い口調に、私は思わず口をつぐんだ。
すると誠さんは、手元のタブレットを軽く操作しながら、業務報告と変わらない淡々とした声で言葉を続けた。
「あっ、そうだ。奥様宛に、森野海斗社長から新作ジュエリー発表会の招待状が届いております」
「えっ……森野社長の? それなら、南条の妻としてご挨拶に伺わなきゃ……」
ベッドから身を起こそうとした私を、誠さんは冷ややかな視線でピシャリと制した。
「もちろん、欠席ですからね。奥様には絶対安静のドクターストップがかかっております」
「でも、お付き合いがあるし、お断りしたら角が立つんじゃ……」
不安になる私を見て、誠さんは微かに息を吐き、呆れたような、けれどどこか甘さを孕んだ声で言った。
「ご安心を。私から森野海斗社長に直接連絡し、後日、南条家の邸宅へ新作のジュエリー一式を持ってこさせるよう手配いたします。……奥様はご自宅のソファで温かい紅茶でも飲みながら、ゆっくりと品物を吟味なさればよろしいのです」
「え……邸宅に、森野社長ご本人を呼ぶの!?」
「ええ。南条の妻がお望みとあらば、彼も喜んで飛んでくるでしょう。……ですから今は、余計な心配はなさらずに、目を閉じてください」
有無を言わさぬその手配の鮮やかさに、私は目を丸くするしかなかった。
本来ならあり得ないようなワガママな要求。けれど、それを当たり前のようにやってのけてしまうのが、南条財閥の力であり、そして目の前にいる「完璧な秘書」の恐ろしさなのだ。
(誠さん……私のために、そこまで……)
少しだけ乱暴で、けれど徹底的に私を甘やかそうとする彼の気遣いに、張り詰めていた私の心の糸が、ほんの少しだけふわりと解けていくのを感じた。
111章に続く




