第6章:お嬢様と踊る、奇跡のダンスパーティー?【中編①】(貝森財閥の秘密編)
青藍高校の学園祭前日。2年A組の教室は、文字通りの戦場と化していた。
「オラァ! そこ左だ左! 折り紙の輪っかが曲がってんぞてめぇら!」
「海斗、うるさい。君の声の振動で僕の計算した看板の黄金比がズレる。黙って段ボールでも運んでいろ」
「あぁん!? 碧てめぇ、指示ばっか出してねぇでハサミ動かせよ!」
金髪を逆立てた総長・森野海斗と、冷徹に指示を飛ばす早瀬碧がいつものように額を突き合わせて火花を散らす。その横では、チャラ男コンビの山野大翔と岩野凌駕が「看板の飾り付け、マジだりぃ〜」とだらだらとリーゼントをいじり、貝森拓人は首に大きなヘッドホンをかけたまま、「メロンソーダ味のわたあめ試作してみた〜」とのんびりつまみ食いをしていた。
誰もが口を動かし、手を動かし、かすみを迎えるための学園祭を成功させようと、不器用ながらも必死に汗を流していた、その時だった。
ガラガラガラ……と、教室の年季の入った引き戸が静かに開いた。
「ごきげんよう、皆様。学園祭の準備、お疲れ様です」
一瞬にして、騒がしかった教室が静まり返った。
夕暮れ時の教室に現れたのは、サファリア女学院の美しい制服に身を包み、両手で大きなお重のような包みを大切そうに抱えた納屋かすみだった。かすみは、ひだまりのような満面の笑みを浮かべた。
「あの……とっても一生懸命に準備をされていて、お邪魔になってしまったかしら? スーパールッツでのお勉強を活かして、皆様にフルーツのサンドイッチを作ってまいりましたの。……少し、休憩しませんか?」
「お、おじょ、お嬢ォォォォォーーーーーッッ!!!!」
海斗が持っていた段ボールを豪快に放り出し、ツブツブの瞳にみるみる涙を溜めてかすみの前へスライディングした。
「わざわざ俺たちのために、1人で差し入れ持ってきてくれたのかよ!? しかも手作り!? 嘘だろ、俺もう今死んでもいい!!」
「死んではダメですわ、海斗さん。せっかくの学園祭が始まってしまいますもの」
かすみがトントンと海斗の肩を優しく叩くと、海斗は「お嬢が俺の肩に触れた……!」と顔を真っ赤にしてフリーズする。
「ふん、気が利くじゃないか。ちょうど糖分が切れていたところだ」
碧はツンとした態度を崩さないものの、耳まで真っ赤に染まっている。
あっという間にかすみを囲んだ即席のお茶会が始まり、男子たちは大喜びでフルーツサンドを頬張った。
そんな中、かすみは自分の隣にふらりと座った拓人に目を留めた。拓人はいつも、大きなヘッドホンを首にかけている。
「あの……拓人さん。拓人さんは、いつもその耳飾りのような機械――ヘッドホンをされていますけれど、普段はどのようなお曲を聞いていらっしゃいますの? ずっと気になっていましたの」
かすみが純粋な瞳で見つめると、拓人は少し驚いたように目を丸くした後、ふにゃりと優しく微笑んだ。
「あ、これ? 気になる? ……じゃあ、ちょっとだけ、はい」
拓人は首からヘッドホンを外すと、なんとそれを優しくかすみの耳へと装着したのだ。
「ひゃあ……っ」
男の子の体温が残るヘッドホンに、かすみの心臓がドキンと跳ねる。耳の奥から聞こえてきたのは、胸が締め付けられるほどに美しく、情熱的なピアノの旋律だった。
「まぁ……とっても綺麗で、胸がキュンとするお曲ですわ……」
「これね、サルファーン作曲の『愛のワルツ』っていう名曲なんだ。……俺、いつもかすみちゃんのこと思いながら、この曲聴いてるんだよね」
「えっ……! 私のことを……!?」
「うん。だから、明日のダンスパーティー、もしよかったら俺とこの曲で踊ってくれない?」
のんびりした口調のまま、とんでもなく情熱的な爆弾を放り込んだ拓人。かすみは顔を真っ赤にして固まってしまった。
実は、このクラスの誰も知らないことだが――貝森拓人もまた、ある重大な身分を隠してこの青藍高校に通う隠れ御曹司だった。
「貝森」という名を聞けば、経済界の人間なら誰もがピンとくる。そう、彼はあの大衆スーパー『スーパールッツ』を全国に展開する、巨大な貝森財閥の創業者一族の跡取り息子だったのである。かすみが一生懸命に社会勉強をしていた姿を、彼はこのヘッドホンをしながら、ずっと愛おしそうに見守っていたのだ。
かすみと拓人がヘッドホンを分け合って『愛のワルツ』の調べに包まれているのを見た瞬間、海斗と碧の顔色が完全に変わった。
「て、てめぇ拓人ォォォッ!!! 何どさくさに紛れてお嬢にヘッドホンつけて『愛のワルツ』聴かせてんだてめぇ!! 抜け駆けすんじゃねぇ!!!」
「貝森、やはり君はただの天然ではないと思っていたよ。……だが、納屋さんの初めてのパートナーは、僕が相応しい」
「え〜? 二人とも怖いなぁ。でも、誰と踊るか決めるのはかすみちゃん自身だからね〜?」
拓人はヘッドホンを首に戻し、マイペースに微笑むが、その目は一歩も引いていない。
不器用で真っ直ぐな森野財閥の海斗、冷徹なインテリメガネの碧、そして身分を隠したスーパールッツの御曹司・拓人。
「まぁ……皆様、お茶会でのケンカはよくありませんわ……っ!」
かすみがハラハラと自由帳を抱きしめる中、学園祭前日の教室は、財閥の御曹司たちによる『プライドをかけた究極の四角関係』へと突入していく。
この男たちの熱い火花を、お屋敷の端末からジェームス様が衛星データで冷静に監視していることを、まだ誰も知る由はなかった――。
中編その2に続く




