第96章:海が見える丘の残酷な真実〜消えた初恋と、彼の嘘〜
貝森財閥の痕跡は、ネットの海から完全に消え去っていた。
何度検索ボタンを押しても、出てくるのは無関係なページばかり。私の心には、ぽっかりと冷たい穴が空いていた。
(こうなったら……)
私はすがるような思いで、スマホのアドレス帳を開いた。
発信したのは、青藍高校時代の拓人の友人、早瀬碧。
早瀬ホールディングスの御曹司であり、インテリ眼鏡が似合う彼は、実はかつて拓人と私の恋のライバルでもあった。
彼なら定期的に拓人と連絡を取っているはずだ。
「ねえ、貝森拓人さんのこと、何か聞いてない……?」
祈るように尋ねる私に、電話口の碧は少しだけ沈黙し、淡々と答えた。
『なんだ、知らなかったの? 拓人なら、あの海が見える小高い丘にいるよ。……見に行って、確認してきなよ』
その言葉に、私は弾かれたように走り出した。
やっと会える。彼に会ったら、たくさん話したいことがある。
(私をお迎えに来てくれる……!)
息を切らして海が見える小高い丘にたどり着くと、そこに愛しい背中があった。
貝森拓人だ。
「拓人……っ!」
私は思わず駆け寄り、その背中にすがりつくように抱きしめてしまった。
「ずっと、ずっと会いたかった……! ねぇ、私を迎えに来てよ……!」
あふれる想いが止められなかった。
しかし、その感動の再会を引き裂くように、遠くから無邪気な声が響いた。
「パパぁー!」
ビクッと拓人の体が強張り、私から離れる。
駆け寄ってきた幼い男の子を、拓人は思わず抱きとめた。その顔は、拓人の面影にそっくりだった。
「あ、あっ……これは親戚の子供なんだよ。遊びに来てて、預かっているだけで……」
拓人は私から目を逸らし、ひどく狼狽しながらとっさに嘘をついた。
その時だった。
「湊、待ってよ」
丘の下から現れた女性の姿に、私は息を呑んだ。
如月あやめ。
かつての高飛車なお嬢様の面影はどこにもなく、そこにはすっかり落ち着いた『母親』の顔をした彼女が立っていた。
嘘だ。
親戚の子供じゃない。湊くんは、拓人とあやめの子供だ。
拓人は結婚していた。あやめと。
南条隼人が言っていた『あいつは結婚している』という言葉は、本当だったのだ。
(早瀬碧も……知っていて、わざと私をここへ来させたんだ……)
ガラガラと、私の中で最後の希望が音を立てて崩れ落ちていく。
拓人の情けない嘘が、何よりも私の心を深く抉った。
私はただ後ずさり、逃げるようにその場を走り去った。
丘のふもとには、黒い車が静かに停まっていた。
執事の誠が、何も言わずにドアを開ける。
車に滑り込むと、誠はバックミラー越しに私を一度だけ見つめ、静かに車を発進させた。
遠ざかる海を見つめながら、私はぽつりと呟いた。
「拓人の……バカ……」
涙すら出ないほど、私の心は完全に死んでしまった。




