第90章:数年後の海風と変わらぬ執着〜もう一度、君に会いたい〜
『かすみちゃんの大学も休校中だよね? またどこかで会えるのを、楽しみにしてるね』
貝森拓人が私に向けて残した、最後のメッセージ。
彼はスーパールッツの経営から退いただけでなく、通っていた大学までもあっさりと辞め、誰にも行き先を告げずに完全に姿を消してしまった。
あれから、一体何年の月日が流れただろうか。
私は休校が明けたサファリア女子大に復学し、無事に卒業の日を迎えていた。
今日、私は南条財閥の豪奢な屋敷のサロンにいた。
一緒にお茶を飲んでいるのは、納屋あけみと森野薫の夫妻である。二人は結婚して月日が経つというのに、まるで付き合いたての恋人同士のように寄り添い、終始甘い空気を漂わせていた。
「いやはや、あけみさんと薫さんご夫妻は、今でも本当にラブラブでいらっしゃる。素晴らしいですね」
そう言って羨ましそうに微笑んだのは、南条隼人の両親である南条虎之介と可憐の夫妻だった。
「どうしたらお二人のようにいつまでも愛し合えるのか、ぜひ私共にも指南していただきたいものです。ねえ、あなた?」
「ええ、本当に。うちの息子など、何年経ってもかすみさんに振り向いてもらえず、ピリピリするばかりですからな」
虎之介が冗談めかして笑うが、それは紛れもない事実だった。
南条隼人は、私が大学を卒業するまでの数年間、決して私を諦めることはなかった。「どうしてもかすみと結婚する」という彼の絶対的な執着は、年月が経つにつれて冷めるどころか、ますます重く、逃げ場のない鎖のように私を南条財閥に縛り付けていたのだ。
◇
その頃。
南条の鳥籠から遠く離れた、海がきれいに見える小高い丘の上の小さな家。
「……はぁ、海風が気持ちいいな。ほんと、のんびりできるから嬉しいよ」
潮騒の音を聞きながら、貝森拓人はウッドデッキのチェアに深く腰掛け、大きく伸びをした。
財閥の重圧も、悪女の陰謀も、すべてを捨てて手に入れた穏やかなスローライフ。すっかり大人びた顔つきになった拓人の表情は、憑き物が落ちたように穏やかだった。
ふと、手元のスマートフォンに届いた知らせを見て、拓人の目が優しく細められた。
「かすみちゃん、サファリア女子大を卒業したんだね……」
数年という月日が、二人の間にあったわだかまりや悲しみを、静かな波のように洗い流してくれていた。
海面をキラキラと照らす太陽の光を見つめながら、拓人は胸の奥でずっと眠っていた、決して消えることのない純粋な想いをポツリとこぼした。
「……また、かすみちゃんに会いたいな」
すれ違い、引き裂かれた二人の運命の歯車が、数年の時を経て、再び静かに回り始めようとしていた――。
91章に続く




