第91章:海が見える丘でのニアミス〜毎日のバラの花束と、響かない心〜
サファリア女子大を卒業してから、私の日常はますます息苦しいものになっていた。
南条隼人の私に対する執着は、年月が経つにつれて薄れるどころか、さらに異常さを増している。
「……はぁ」
その日、私はあまりの息苦しさに耐えかねて、専属秘書である長谷部誠の運転する車で、都内から少し離れた海沿いへと気分転換のドライブに出かけていた。
車が海岸線を抜け、海がきれいに見える小高い丘の上の展望スペースに停まった。
窓を開けると、心地よい潮風が車内を吹き抜けていく。太陽の光を反射してキラキラと輝く広大な青い海を見下ろしていると、南条の鳥籠で縮こまっていた心が、少しだけ深呼吸できたような気がした。
私は助手席から海を見つめたまま、運転席の誠さんにポツリとこぼした。
「ねぇ、誠さん。……どうして南条隼人は、毎日毎日、大きなバラの花束を持ってくるの?」
大学を卒業してからというもの、隼人は私がどこにいても、毎日欠かさず最高級の真紅のバラを100本、私の部屋に届けさせるようになった。
「『君の美しさにふさわしい』だなんて言ってくるけど……私、ちっとも嬉しくないのに」
どんなに高価な花束をもらっても、私の心は1ミリも動かない。
私が本当に欲しかったのは、そんな計算し尽くされた豪華な贈り物ではなく、あの日、一緒に笑い合いながらお揃いで買った『安物のペアリング』だったのだから。
「……南条社長は、お嬢様のお心を力で繋ぎ止めようと必死なのでしょう。ご自身の『焦り』を、バラの数でごまかしているのかもしれません」
誠さんは静かに、けれど的確にそう答えた。
私は小さくため息をつき、もう一度、きらめく海へと視線を向けた。
(……拓人くんも今、どこかでこの海を見ているのかな)
私は知らなかった。
この小高い丘のすぐ向こう側。同じように心地よい潮風を受けながら、海を眺めて静かに暮らしている貝森拓人が、すぐ手の届く距離にいることなど。
数年の時を経て、決して交わるはずのなかった二人の運命の線が、この海の見える丘で、音もなく重なり合おうとしていた――。
92章に続く




