第84章:華やかな鳥籠の披露宴〜最も辛い「幸せになってね」〜
南条財閥が総力を挙げて主催した、私と南条隼人の『婚約披露パーティー』。
都内の最高級ホテルを貸し切ったその会場は、数日前に同じ場所で如月あやめが引き起こしたあの地獄のような結婚式とは打って変わり、圧倒的な品格と豪華さに満ち溢れていた。
私は今、隼人が私の意見も聞かずに「これがお前に一番似合う」と選んだ、最高級の純白のドレスを身に纏っている。左手の薬指には、森野海斗社長が特別にデザインした大粒のダイヤモンドリングが、私を縛り付ける美しい鎖のように重たく光を放っていた。
「かすみ、一番きれいだよ」
隣に立つ隼人が、私の腰に強く腕を回し、耳元で甘く囁く。
「あの如月あやめの茶番劇の結婚式よりも、ずっときれいだ。君は南条家の妻として、完璧だよ」
隼人のその言葉は、私を愛しているというよりも、自分の完全なる勝利と所有欲を満たした帝王の悦びそのものだった。私はただ、作り物の笑みを浮かべて頷くことしかできない。
そして、この華やかなパーティーの会場には、もう一人の人物が姿を見せていた。
南条財閥の傘下に入り、命がけで『スーパールッツ』の立て直しに奔走している男――貝森拓人である。
歓談の最中、隼人が別の来賓に挨拶をしているわずかな隙に、拓人くんは静かに私の前へと歩み寄ってきた。
少し痩せて、大人の経営者としての険しい顔つきになった彼は、美しいドレスに身を包んだ私を見て、ふっと優しく、そしてどうしようもなく悲しそうな微笑みを浮かべた。
「かすみちゃん……きれいだね」
「拓人くん……」
名前を呼んだだけで、私の声は震えてしまった。彼の手を取って、今すぐここから連れ出してほしい。そんな叶わぬ願いが胸に込み上げるが、拓人くんの口から紡がれたのは、決定的な『別れ』の言葉だった。
「迎えに行けなくて、ごめんね」
その言葉に、私の心臓がギュッと締め付けられる。
「今は、スーパールッツの立て直しが先なんだよ。俺のせいで路頭に迷いかけた従業員たちを、絶対に守らなきゃいけないから……」
それが、彼が下した決断だった。私への愛よりも、男としての責任と会社を選んだのだ。その不器用で誠実な姿が、私の愛した『貝森拓人』そのものであり、だからこそ、もう二人の運命が交わることはないのだと悟らされた。
「かすみちゃん……幸せになってね」
拓人くんは最後にそう残し、深く一礼をして私の前から去っていった。
彼から贈られた、その優しすぎる祝福の言葉。それは、これまでのどんな残酷な仕打ちよりも、どんな悪意のある言葉よりも、私の心を深く、決定的に引き裂く『一番辛い言葉』だった――。
86章に続く




