第83章:崩壊する悪女と、鳥籠のウエディングドレス
あの地獄のような結婚式から数時間後。
貝森拓人の手によって如月財閥の数々の悪行――スーパールッツの意図的な計画倒産や、政財界への『毒饅頭』の横行――が暴露されたことで、如月帝国は音を立てて崩壊しようとしていた。
誰もいなくなった結婚式場の控え室。
あやめは、ボロボロになった純白のドレスのまま床に這いつくばり、去ろうとする拓人の足にすがりついて泣き叫んでいた。
「お願い……っ、お願いだから捨てないで!! なんでもする、なんでもするから許してよぉ!!」
必死におしゃれをして手に入れたはずの美貌も今は見る影もなく、メイクはドロドロに崩れ、哀れなほどに泣きじゃくっている。
如月財閥の令嬢という絶対的な権力を失ったあやめには、もう拓人を縛り付ける力は何一つ残されていない。ただの、彼に恋焦がれた惨めな一人の女として、足元で懇願することしかできなかった。
しかし、拓人はすがりつくあやめの手を、冷たく無表情に振り払った。
「……君が何をしようと、失われた俺の家族の会社も、かすみちゃんとの時間も戻らない」
拓人は一度も振り返ることなく、あやめを暗い控え室に残して歩き出した。
彼が今向かうべき場所はただ一つ。自分が手放してしまった、世界で一番大切なかすみを、あの南条財閥の巨大な鳥籠から奪い返すためだった。
◇
その頃、南条財閥の広大で豪奢な屋敷の一室では。
「さあ、かすみ。次はこれを着てみてくれ」
南条隼人の低く甘い声が、何十着も並べられた最高級のウエディングドレスの間に響いていた。
かすみは今、数人の専属スタイリストに囲まれ、次から次へと重たいシルクやレースのドレスを着せ替えられていた。
「どうだ? 悪くないが……君の美しさには少し物足りないな。もっと最高級のレースを使ったものを」
ソファーに深く腰掛けた隼人は、グラスを片手に、まるで美しい人形を愛でるような熱を帯びた瞳でかすみを見つめている。
如月財閥の崩壊を耳にしても、隼人には関係のないことだった。拓人が自由になり、かすみを取り戻しに来るかもしれない。だからこそ、隼人は一切の隙を与えないほどの圧倒的なスピードと財力で、かすみを南条家の『妻』として完全に閉じ込めようとしているのだ。
「……隼人さん、もう疲れたわ……」
「もう少しだよ、かすみ。君に一番似合う、完璧なドレスを見つけるんだ」
重たいウエディングドレスに身を包み、鏡の前に立たされたかすみの瞳には、光がなかった。
拓人が如月の呪縛から解放されたことなど、まだ何も知らない。
外の世界で拓人が反撃の狼煙を上げているその裏で、かすみは隼人の底知れぬ独占欲と純白のドレスに絡め取られ、ただ静かに運命の波に飲み込まれていくのだった――。
84章に続く




