第82章:茶番劇の終焉と帝王の焦燥〜今度は君の番だよ〜
森野海斗社長のジュエリーショップでの採寸を終え、納屋財閥の屋敷に戻っていた私の元へ、南条隼人が静かな足音を立ててやって来た。
彼は先程まで、あの如月あやめと貝森拓人の結婚式に列席していたはずだった。
しかし、その顔に祝賀の空気は一切なく、いつもの冷徹な表情のまま、ふっと冷笑を漏らして私に告げた。
「とんだ茶番劇の結婚式だったよ」
「茶番劇……?」
私が聞き返すと、隼人は短く「ああ」とだけ頷いた。
式場で何が起きたのか、拓人くんがどうなったのか。私が一番知りたいはずの詳細は一切語ろうとせず、隼人はまるでその話題を不快なものとして切り捨てるように、私の手を取った。
「それよりも、森野海斗の指輪のデザインは気に入ったかい? 君の細い指には、世界で一番美しいダイヤが似合う」
隼人の長く冷たい指が、私の左手の薬指をゆっくりと撫でる。
まるで、見えない鎖を巻きつけるかのようなその仕草に、私は小さく肩を震わせた。
「……ええ、とても素敵なデザインだったわ」
感情を押し殺してそう答えると、隼人は満足そうに目を細め、私の耳元で甘く、しかし逃げ場のない声で囁いた。
「今度は、かすみの番だよ。すぐにでもドレス選びをしよう。君には最高級のシルクで仕立てた純白を着てもらう」
その言葉の裏にある、異常なまでのスピード感。
絶対的な権力を持つ彼が、なぜここまで結婚の準備を急ぐのか。それは、冷徹な帝王である隼人の胸の奥底に、ある一つの『焦燥感』が芽生えていたからだ。
(――貝森拓人が、かすみを迎えに来るかもしれない)
如月財閥の闇を暴き、あの悪女の支配から完全に抜け出した拓人は、もう失うものがない。彼が再び、かすみを取り戻すために南条財閥へ牙を剥く可能性を、隼人は誰よりも敏感に察知していたのだ。
だからこそ、拓人が動き出す前に。かすみが彼の元へ心が揺らいでしまう前に。
「かすみは僕の婚約者だ。もう誰にも渡さない」
隼人は私を強く抱き寄せ、その重すぎる独占欲で、私を南条財閥という絶対的な鳥籠の中へ完全に閉じ込めようとしていた――。
83章に続く




