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41.互いの無事を(3)


***


結局、終わってみれば快勝だった。


わたしたちとほぼ同時に、別の場所でも3組ほどが辛くも魔導士を倒したらしく残るは騎士のみとなったこと、その辺りで普段から人間との戦いを想定して訓練している近衛の第二騎士団が到着して応援に加わったこと、またそれにより完全に数の利を得たことが決め手となった。


魔導士の指揮を無くした騎士たちは一気に意気消沈し、中でも特にわたしたちが倒した男がメインで指揮を取っていたらしいことが捕虜たちから聴き取りされた。

主戦場から外れた場所で戦っていたわたしたちが最初に倒した男は魔導士の弟だったそうで、弟が倒されたのを見て(実際には気絶させて捕縛していただけだが)思わず頭に血が上り、指揮を放棄して寄ってきてしまったらしい。


また今回の侵略は、竜騎士団の保有する竜を一頭でも捕らえ、自国の兵の強化をしたかったという目的だった。

ヴェールを含むわたしたちと魔導士の男の弟が戦っている場所は、主戦場となった場所から少し距離があったので一頭だけなら自分一人で制圧できるかもとの算段もあったとのことだった。

ユーリスが斬りつけて倒れた魔導士はしばらくして意識が回復し、傷がある程度治ったところで読心の薬を飲ませて聴取したことでその辺りの事情はわかった。


結局、国同士の戦争状態にまでは発展しなかった。

『国境際の領地が暴走した結果』という話で折り合いをつけたらしい。


ただその代わり、隣国ノクサールからは多額の"見舞金"及び各種魔導武具、向こう三年間一定量のコメを頂戴することとなった。


この結果は、トリヴェール王国は無用な戦争は望んでいないという事情によるものだ。

むしろ最小限の被害でノクサールから軍事力及び国力を削ぐことが出来たとも言える。


『時間をくれますか』と言ったユーリスとは、なかなか会えなかった。


あの戦いが終わった後王都に戻るや否や、またすぐに国の反対側の端っこで魔物が出てしまい、竜騎士の内数名が返す刀で派遣された。その内のひとりが後発組で戦闘時間の短かったわたしだった。


ようやく帰って来れたと思ったらまた今度は王都の隣の領地で魔物が発生し、今度はユーリスが派遣され、なかなかゆっくり落ち着いて会うことは難しかった。





「やっと会えた……」


そうポツリと声をかけられたのは、竜たちが住まう厩舎だった。

ヴェールのお世話をしていたわたしがハッとして振り向くと、そこにはユーリスが立っていた。


「ユーリス!おかえり!」


思わずかけよると、ユーリスはフッと力を抜いて笑う。


「ただいま戻りました。カミーユ先輩、元気でしたか?」


口調は後輩のままなのに、自然な仕草でわたしのブルネットの髪を撫でた。

骨っぽく指の長いその手は、なんだかすごく色っぽい。


思わず心臓がどきりと音を立て、ちらりと視線を彷徨わせたが、厩舎にいるのはヴェールたち竜とわたしたちだけだった。

竜たちは最初こそ誰が来たのかと首を伸ばしていたが、ユーリスだとわかると皆あっさり各々好きなことをし始める。ヴェールも『はいはい』と呟くと眠る体勢に入った。


「うん、元気だったよ。ユーリスこそ、連続で派遣されて大変だったね」

「そうっすね。さすがに疲れました」


ユーリスが笑いながら言い、わたしは「そうだよね、おつかれさま」と頷く。


「お互い無事でよかった」

「本当に。色々焦りましたよ」

「そうだよねえ。ここ最近、イレギュラーばっかりだった」


少し笑うと、ユーリスもつられて笑った。


「ですね。『帰ったら時間ください』とか言っちゃって、後からちょっと後悔しました」

「え?」


ユーリスの言葉の意味がわからず、驚いて聞き返す。

ここ数日で気持ちが変わってしまったと言うことか。

だとしたら今髪を撫でているこの手の説明がつかない。

わたしが戸惑っていることがわかったらしく、ユーリスは「あ、違う違う」と笑って手を振った。


「だってほら、なんか死亡フラグみたいじゃないですか?帰ったら気持ちを伝えるから待ってて、って」

「ああ……確かに」


ようやく意味がわかり、ホッとして息をつく。

本当にそうならなくてよかった。

そして一拍遅れてその遠回しな告白のようなセリフに気づき、ハッと顔を上げた。


すると思ったよりも近い位置にユーリスの端正な顔があり、思わずたじろぐ。

もう何度も見つめた、澄んだブルーグレーの瞳がわたしを射抜いた。


「カミーユ先輩」


ポツリとそう呟き、髪を撫でていた手をするりと下ろして肩を滑り、そのままわたしの右手をぎゅっと握る。


なんだか先日の戦場でのわたしたちみたいだ、とぼんやり考えた。

今日はあの日と違って静かで、もうわたしたちを邪魔するものは何もない。


「ユーリス…」


ドキドキしすぎて、心臓が破裂しそうだ。

指先はビリビリと痺れ、感覚がなくなっていく。

ユーリスが少し目を伏せ、そっと顔を近づけた。


「キス、していいですか」


ほとんど唇が触れそうな位置で止まって低く囁かれ、わたしは震える唇で掠れる声を振り絞り「うん」と頷く。

ユーリスはそれを聞くと小さく笑い、そのままゆっくりと距離を縮めた。


「んっ」


そしてついにユーリスの唇がわたしに重なると、驚くほどじんわりと温かさが巡る。

目を伏せているのに、ユーリスをこの上なく近く感じた。

口付けたままぎゅうっと抱き寄せられると、ユーリスの鍛えた身体がわたしを包み込むのがわかる。


ユーリスが不意に唇を離し、こつん、と額をくっつけて重なってしまうぐらいに近くでわたしを見つめた。

腕を緩め、わたしをホールドするようにしていて、顔を真っ直ぐに見つめてくる。

恥ずかしくて目を逸らしたいけど、逸らせない。

顔が真っ赤になっているのが自分でわかった。


エミリアたちの結婚式も、ジャイアントスパイダーを倒した夜も。

もうユーリスとは何度も唇を重ねたのに、新鮮な気がする。


お酒が入ってない状態でこうなるのがはじめてだからか。


それとも、自分の気持ちをはっきりと自覚したからか。


「俺、カミーユ先輩のことが好きです」


ここまで来るのに何年も要したのに、ユーリスはあっさりと告げた。

王子様のように端正な顔立ちは目元を真っ赤にしているし、目一杯真剣な眼差しで一生懸命カミーユのことを見つめているのに、どこか余裕も感じる。


きっとユーリスは、わたしの気持ちを疑っていない。

そのわたしを信じきっている様子が、なんだか愛しかった。


「カミーユ先輩の、全部がキラキラして見えます。真面目で努力家なところも、同僚想いなところも、素直で可愛いところも」


ユーリスは言葉を重ねる。

通った鼻筋にちょっと皺を寄せ、ニコッと笑う。


「ヴェールとの信頼関係も、竜騎士としての強さも、恋愛の不器用さも、全部ひっくるめて好きです」


そうしてきちんと気持ちを言葉にしてくれるユーリスは、これまでの誰とも全く違った。

勢いや運命だけで引き寄せられた訳ではなく、わたしのことをきちんと知ってくれているユーリスの言葉だと感じた。


「……わたしも好き」


まっすぐ見つめた返して、そう告げる。

ユーリスの顔がほっと緩む。


「あのね、ユーリスのこと、ずっといい奴なのは知ってた。後輩として素直で可愛かった。

けど、もうワイバーンから助けてくれた日から……ずっと特別だったの」


素直にそう伝えると、ユーリスは目をまんまるにした。


「え?!そんな前から?!」

「うん…わたしにとってはずっとかっこいい男の人だった。こうやって自分の気持ちを認めるまで、時間がかかっちゃったけど……」


えへへ、と笑うと、ユーリスはものすごく嬉しそうな顔をする。


「俺のこと、かっこいいと思ってたんですか」

「うん。ずっとかっこよかったよ」


白状するように言うと、ユーリスがガバッと強く抱き締めてきた。


「カミーユ先輩、可愛すぎる」


嬉しそうな甘い声で囁かれ、わたしはくすぐったくて笑う。


「ねえ、ユーリス、大好き。他の人とは全然違う。特別」


ぎゅうっと抱きしめ返すと、ユーリスはさらにぎゅうぎゅうとハグして、頬をすりっと擦り付けてきた。


「俺もです。こんな風に焦がれるみたいな気持ち……初めてです」


そういうと、もう一度ちゅうっと口付けてくる。


「カミーユ先輩、俺と一緒にいてくれますか。カミーユ先輩と結婚……したいです」


ユーリスがはっきりとそう口にしてくれて、わたしはパッと目を見開いた。


「けっこん?!」

「え?!」


お互いに目をバッと開いて見つめ合う。


「え、違いました?!重かったですか?!」


ユーリスが慌てておろおろとし、わたしは「あ、ちがうの!」と手をブンブン振った。


「そこまでちゃんと考えてくれてるんだって…嬉しかった。ありがとう。わたしもユーリスと結婚したいです」


一旦付き合う形を取るのかと思っていたので驚いただけだ。正式に婚約を進めてくれるのであれば、もちろんその方が貴族であるわたしとしてはありがたい。


「よかったー!焦りましたよ、『結婚とかはまた別でェ』とか言われたらどうしようかと!」


ユーリスがホッとしたように喋る。よく知る後輩っぽいユーリスで可愛い。


「ううん。もちろん結婚したいよ」


ニコッと笑うと、ユーリスもニカッと笑った。


「あ、でもまたプロポーズは今度、別で正式にさせてくださいね。今日はとりあえず気持ちの確認したかっただけなので」

「プロポーズ、別でしてくれるの?えー、嬉しい……」


思わずはにかむと、ユーリスは頭を撫でてくれる。


「もちろん。カミーユ先輩のこと、本当に大事に思ってるので。全部後悔ないように、ちゃんとしたいです」

「うん……」


きっぱりとしたその様子に、なんだか涙が出てきた。

こんなにわたしを大切にしてくれる相手は、ユーリスが初めてだし、きっとユーリスだけだ。


「これからの人生のイベント、一つ残さず一緒に楽しみましょうね」


ニコッと嬉しそうに笑ったユーリスが男らしくてかっこよく、わたしは思い切り抱きついた。


「うん!大好き!」

『おめでとう』


その時、頭の中にヴェールの声がブワリと響き、思わず「きゃあっ?!」と悲鳴を上げて飛び跳ねる。


見回すと、それぞれ好きなことをしていたはずの竜たちが皆こちらを見つめていた。


『俺たちがいること忘れてたのか?みんな見守ってたぞ。ぶちゅぶちゅキスしまくりやかって』


口の悪いヴェールが面白そうに言う。

心なしか他の竜たちもみなニヤニヤしているように見える。


「うわー!恥ずかしすぎる!みんな忘れて!」


何事かと目をぱちくり瞬かせていたユーリスがそれで竜たちにの様子に気づき、少し顔を赤くした。

が、パッと笑うとヴェールを見つめる。


「ヴェール、いいかな。俺、カミーユ先輩のこと、絶対大事にします。だから結婚を認めてほしい」

『おうおう、好きにしろよ』


ヴェールが面白がるように言い、でもその声は優しさに満ちていた。


「ヴェール……」


思わず駆け寄って鼻先を抱きしめると、ヴェールは『おい、ユーリスが拗ねるぞ』と少しからかうように言う。


「ユーリスは拗ねたりしないよ。竜騎士のわたしを好きになってくれたんだもん」


ね、と振り返ると、ユーリスは大きく頷いて笑った。


厩舎にはもう美しい夕陽が優しく入り込み、わたしたちを祝福するかのようだった。



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野次馬ならぬ野次竜
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