42.春風に乗せて(1)
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「なんか今日、妙に機嫌いいっすね」
ユーリスと想いを交わした翌日、溜まっていた事務処理仕事をこなしてランチをとろうと支度をしていたところに、後輩竜騎士のアランが声をかけてきた。
顔を見ると片眉を上げ、面白そうな顔をしている。
「そーう?」
肩をすくめ、食堂に向かって歩き出すとアランも隣に並んだ。
廊下は同じく昼食を食べにいく人々でごった返しているが、爽やかな風がその間を通り抜けていく。
「いやいや、明らかにご機嫌でしょ。普段はヴェールと会えないからって事務処理好きじゃないくせに、今朝はニコニコだったじゃないすか」
なかなか鋭い。
わたしは内心舌を巻き、ちょっと息を吐いた。
「まあね。ちょっとね」
「あ、もしかして」
アランが顔を覗き込みながらニヤリとする。
「ユーリスと付き合ったんすか?」
「え?!」
あっさりと当てられ、並んで歩いていたアランを勢いよく見上げると、アランは「あ、当たりだー」とはしゃいだように笑った。
そんな彼の赤毛に近い茶髪は、どうせ午後の訓練でクシャクシャになるのにも関わらず、洒落た感じでセットされている。
少し前、今は付き合っている彼女にフラれたと勘違いしていた時期は、落ち込みすぎて毎日ノーセットで見るも無惨な様子だった。結局彼女とは上手くいき、みるみるうちに元気になったのだが。
それ以来、アランの髪がちゃんと整えられているのを見ると、なんだかホッとする。
そんなアランだが、わたしが彼の恋愛事情を心配していたのと同様に、気にかけてくれていたらしい。
思っていた以上に優しい顔でニカッと笑ってくれる。
「ようやくですか。良かったっすね」
「ありがとう…」
アランにはユーリスと気まずかった時期に相談に乗ってもらったりもしたので、報告しようか迷っていた。
結局その決心がつく前に気づかれてしまったが。
「ま、両思いって知ってましたけどね。俺は」
アランはそう言ってふふん、と余裕たっぷりの顔で澄ましたように言う。
「そうなの?」
驚いて見上げると、アランがニヤリと笑いながら頷く。
「ユーリス、分かりやすいんすもん。カミーユ先輩がリオネルさんと付き合った時なんか、すげえへこんでたし」
リオネルの名前を聞いて、ますます目を見開いてしまった。
特殊部隊に出入りしている商会の子息であるリオネルと交際したのは一年近く前のことだ。
その時から既に気持ちをはっきりと自覚して好きでいてくれたんだろうか。
全く気づいていなかったので思わずドキマキしてしまう。
自分の顔がじんわりと熱を持つのが分かり、何でもないような顔を装ったが、アランは分かっているように笑いを堪えながら片眉を上げた。
「アランはその時なんて声かけたの?」
「え?あー、何だっけな。どうせすぐ別れるよって慰めた気がします」
「ちょっと?!」
だが大変不本意ながら、実際半年ぐらいで別れた。
今ユーリスのことを好きになって見て改めて考えると、リオネル含む元彼たちとの縁については本能が前世のルートに従っていただけだったように思う。
ユーリスへの気持ちは彼らへのものとは全く違う。
わたしって、心から好きな相手への気持ちには相手に触れたいという欲求も伴うんだな、というのは新たな発見だった。
これはユーリスはともかく、アランには絶対言えない話だが。
「カミーユ先輩は貴族だし、結婚とかも考えますよね?」
「うん。そうだね。婚約しようってことになったよ」
「え?!」
さらりと伝えると、今度はアランが目をまん丸くした。
「マジすか、え、プロポーズされたんですか?」
「ううん、それはまだ。また今度ちゃんとしてくれるって」
えへへ、と惚気て笑うと、アランは「うわ先越されそう」と真剣な顔で少し焦っている。
「カミーユ先輩はまだまだ結婚しないかと思ってたなー」
「なんでよ。しますよ」
笑いながら突っ込むと、アランはひょいと肩をすくめた。
「いやー、カミーユ先輩が自分の気持ちを自覚して受け入れるまでにもっと時間かかると思ってたんで。案外早かったっすね」
「あー…そうだね。そこはユーリスのおかげかも。結構ストレートに態度に出してくれてたし…わたしもそうかもって思えたのが大きかったかな」
「おおー」
アランが半分からかうような、もう半分は本当に嬉しそうな顔をして笑う。
「まあ何にせよ、幸せそうで良かったです。もうデートとかばんばん行ってるんすか」
「ううん、まだなの。次の公休が被ったらいきたいねって話してるんだけど……」
「へー、楽しみっすね。また行ったら話聞かせてくださいよ」
「うん。ありがと、また聞いて」
わたしが微笑みかけると、アランもいつもの笑顔でニカッと笑った。
深いブラウンの瞳は、なんだか嬉しそうな光を湛えていた。
『明日公休ですよね?』
アランと話した数日後の晩にユーリスからの手紙を咥えた魔法の小鳥が飛んできた。
顔周りはブルーグレーで、尾に向かってブラックになっている。
着いた瞬間に間違いなく彼からの小鳥だとわかり、とくんと心臓が跳ねた。
『うん。ユーリスもだよね』
すぐにこちらも小鳥に手紙を咥えさせて返すと、しばらくしてまたユーリスからの手紙を咥えた小鳥が来た。ピチピチと嬉しそうに羽ばたいている。
仕事ができるのが嬉しいらしい。
『そうです。明日の公休、俺にください。朝、迎えに行きます』
迎えに来てくれるのか。
了承の返事を再び返し、急いでベッドに入った。
早く寝なくては。いや、服をどうしよう。
バサリと布団を跳ね除けると、クローゼットを開ける。
あれでもないこれでもないと服を放り出しながら鏡の前に立つ。
どきどきと跳ねる心臓をどうしていいかわからないまま、ようやく服が決まった時には時計の短い針は0時を回っていた。
まずい、急いで寝ないと。
無理やり目を瞑って眠りについた。前世から入眠は得意で、こんなに緊張していてもやっぱりすぐに眠れた。
しかし次の日の朝は目が冴えてしまって、6時過ぎにはベッドを出た。
のそのそと顔を洗い、昨日メイドが持ってきてくれたスープを飲む。丁寧にメイクをしてもらい、いつも以上にまつげはしっかりと上げた。
前日決めたワンピースを身につける。
ユーリスの瞳の色に似た薄いブルーグレーで、スクエアネックと袖が肩からストンと落ちている形が気に入っている。いつもの服飾師に、街歩き用に作らせたものだ。
下には薄手のレースのロングソックスを履き、ガーターで止めた。
一通り支度が終わると、なんだか急に不安になってくる。
わたしって、何度も男の人たちとダメになってきたんだよな。
心が惹かれて飛び込んで、でも頭はついていかなかった。
ユーリスとは、この先もずっと大丈夫なのかな。
でももうずっととっくに心はユーリスに向いていて、頭は心より先にユーリスを素敵だと知っていた。関係が壊れるのがこわくて見ないふりしてきただけだ。
だって今はもう誰より真っ先にユーリスが心配だし、でもそうなる前からずっと一緒に戦って共に鍛錬してきた仲間だ。
ユーリスがかっこいいことに気づく前から、ユーリスはわかりにくいけど優しくて、騎士としても強くて努力家で、仲間からも信頼されていることを知っている。
それは前世でも一緒だった。ユーリスの前世である彼は、営業として黙々と数字を積み上げ、しれっと優しく、それを知る周りの皆に好かれていた。
そして体も。ユーリスのくれる熱は、気持ちがいい。
これまで以上にもっとユーリスと近づきたくなっている。
じくじくと身体の中心は疼き、手指の先は痺れる。
前世での彼は、わたしが生きている間ずっと別の誰かのものだったから知らなかった。
ユーリスと近くなればなるほど、わたしがユーリスを心で、頭で、全身で求めてしまうこと。
ねえ。ユーリスはわたしをずっと好きでいてくれるの。
内心で呟く。もうユーリスからは気持ちをもらっているのに、何度でも問いただしたくなる。
考えても仕方ないと頭を振り、支度をしてくれたメイドに礼を言って立ち上がった。
「おお〜…」
家まで馬車で迎えにきたユーリスは、また頭のてっぺんから爪先まで見惚れたように眺めた。目元から頬がブワッと赤くなる。可愛い。
「なあに」
思わず照れてしまうけど、この間みたいにどうしていいかわからない気持ちにはならない。
ユーリスの視界を私でいっぱいにしていてほしいから。
死ぬほど恥ずかしいけど、逃げたくはならない。
ユーリスの気持ちがわたしを向いているのが心地いいから。
「めちゃくちゃ可愛いです」
「…ありがと」
目元を赤くして、嬉しそうにニコッと笑うユーリスはいつもより表情が甘い。
なんだかそれがくすぐったくて、それでも勇気を振り絞ってカミーユも見つめた。
真っ白のシャツに深いグリーンのパンツがよく似合っている。
「ユーリスも。すごくかっこいい」
まっすぐに伝えると、ユーリスの笑顔がもっととろけた。
くしゃっと笑う彼が可愛い。
「ありがとうございます。カミーユ先輩って、そういうこと言ってくれるんですね」
「なに、意外?」
「うーん、いや。そうでもないかも。先輩、結構素直ですよね」
そう見透かしたように言われ、カミーユはちょっと肩をすくめて頷く。
「そろそろ行きましょうか」
「うん。晴れてよかったね」
そんな風に会話をしながら、ユーリスの馬車に乗り込んだ。




