40.互いの無事を(2)
二人から少し離れた場所に向かっていたが、ブレスに気づいた二人は同時にこちらを見る。
相手の男は怯えたように少し後ずさった。
竜を見慣れていない人間からすると、間近で炎を吐かれるとそれだけでものすごいプレッシャーになるはずだ。
「カミーユ先輩!」
「ユーリス、遅くなってごめん!」
援護しようとタイミングを伺うが、ユーリスと敵は一騎打ちになっていて、お互いに場所を入れ替えながら戦っている。
このまま撃ったらうっかりユーリスに当たってしまうかもしれない。
ユーリスを守るための防御魔法を張りたいが、二人の移動のスピードが速すぎて分断するように防御膜を張ることが難しい。
もう少し二人に近づいて距離を縮めてからじゃ膜を無理だ。撃っている間に二人の場所が変わっては困る。
攻撃魔法に単発で対応する"点"での防御魔法はともかく、"面"で広げる防御魔法は体力を喰うので連発は出来ない。
「カミーユ先輩、撃ってください!」
地上で敵ともつれているユーリスが叫んだ。
「でも…!」
騎竜したまま歯痒く叫び返す。
「いいから!」
ユーリスが焦れたように再度叫んだ。
恐らくユーリスは、自分に守護魔法をかけている。
守護魔法さえかかっていれば、例え魔法の流れ弾が当たってしまっても威力は軽減される。
それをわかっているから、捨て身で「撃たれてもいいから攻撃しろ」と言っているのだ。
だが、万が一本当に当たれば、死にはしなくてもものすごく痛めつけてしまうことには違いない。
わたしは、近づいて撃つことを決めた。
「ヴェール、ユーリスを守りたいの」
ヴェールの首をサッと触りながら呟くと、
『わかってる』
ヴェールの声が脳内に響いた。と同時に、わたしが考えた通りに敵の背中側に向けてグイッと旋回しながら降下した。
グッと近づいたところで防御魔法を唱える。
「インヴィオラ!」
ユーリスと敵の間にパァッと光の膜が広がり、二人がハッとする。敵が魔法の射線を追ってこちらに振り返り、そのまま向き直りながら勢いをつけて腕を振りかぶった。間髪入れず、気絶魔法を撃つ。
「ラパクス!」
スパン、と敵にあたり、一瞬ぴたりと動きが止まった。剣を持っていた手から力が抜け、剣が落ちるのと同時に崩れ落ちた。
「よし!」
「ヴェール、右下!」
ホッと息を抜いたところにユーリスの低い声が鋭く刺さる。
その声に素早く反応したヴェールがグッと上昇した。
ヴェールの下腹をギリギリで赤い光線が掠めて、チッ、と大きな舌打ちが響く。
魔法が届かない位置まで上昇したわたしは改めてそちらを見下ろすと、先ほどの気絶した男とは別の男が駆け寄ってきていた。
先ほど倒れた敵の上官らしく、こちらはどうやら魔導士のようだ。こちらを一瞥した後ユーリスに向き直った。
再び、詠唱なしでスタッフから赤い光線が飛び出す。
「ユーリス!」
思わず悲鳴を上げると、ユーリスはサッと身を翻して避けた。
その勢いのままユーリスも指先から青い光線を出す。
敵の男も返す刀でまた赤い光線を放ち、今度は二人の光線が完全にぶつかってお互いに弾かれた。
ユーリスは騎士だ。魔法も使って戦うけれど、基本は剣が主武器である。
魔法をメインとしている敵の男と長い間戦わせるのは無理がある。
そもそもわたしたち特殊部隊は魔物と戦うための部隊で、基本人間とは戦う想定をしていない。
「ヴェール、ごめんもう一回行くよ」
『当然だ。カミーユには、俺の守護とユーリスの守護魔法がかかっている。思いっきりやれ』
ユーリスは今朝、わたしに守護魔法をかけてくれた。
そしてヴェールもそれ受け入れた。
その意味を問いただすことは出来なかったけれど、間違いなくユーリスの温度が肌を包んでいるのを感じる。
「うん!行こう」
わたしが声をかけるのと同時にヴェールがまたグッと下降した。
「ラパクス!」
わたしの声に反応した男がノールックでこちらに防御魔法を放ち、わたしの気絶魔法は防がれた。
わたしは詠唱なしじゃ魔法を撃てない。
だって魔物相手に言葉を読まれる心配なんてしなくて良かったから。
そもそもこの国では無詠唱魔法は主流じゃない。声に出す魔法の方が強いからだ。
怠慢だ。
心の中で言い訳した後それを振り払って唇を噛んだ。
詠唱ナシの方が素早く撃てるのはわかっていたのに。無詠唱でも同じぐらいの強さで魔法を撃てるよう訓練すべきだった。
でも今後悔しても遅い、やるしかない。
他の皆もまだそれぞれ戦っているらしく、視界の奥にそれが見えた。距離もあり、増援は見込めそうにない。
だがそれは向こうも同じだ。ユーリスとわたしには魔法使いの男に対して少なくとも数の利がある。
何度防がれても魔法を撃ち続ければ、ユーリスの剣が戦える隙が出来るかもしれない。
「ディヴィード!リガーレ!」
立て続けに切り裂きと拘束の呪文を撃つ。
男もさすがに無視できず、ちらりとこちらに視線を送ってスタッフを持たない左手で防御魔法を小さく鋭く展開して細かく防いだ。
合間を縫って赤い光線もいくつか放たれ、こちらが二人と距離を詰めるのを邪魔してくる。
敵ながら上手い。
わたしが先ほど防御魔法を面で広げたのを見ていたのかもしれない。
ふたりは先ほどのようにもつれてはいないが、もう少し近くまで寄らないと、上級魔法使いの魔法を弾けるほどには厚く面で防御魔法を広げられない。
それを分かっているのだろう、魔導士の男に距離を取らされていた。
だがこちらも諦めずに細かく魔法を撃ち続ける。
ヴェールも炎のブレスを吐きたいらしく歯痒そうにしているが、今吐くとユーリスにも漏れなくかかってしまう。
ユーリスが自分自身に対して守護魔法をかけていても、ヒトの守護魔法はヒトの魔法に対してのみ発動するため、竜のブレスには効果を成さない。
わたしの防御魔法"インヴィオラ"であれば竜のブレスも防げるが、距離を縮める一手を撃てない。
男は、ユーリスから片付けたいらしく、こちらに向き直らない。明らかに魔法より近接戦闘寄りのユーリスとある程度距離を取っている。
右手のスタッフで攻撃しようとするが、わたしの攻撃を捌きながらだとユーリスの細かい魔法攻撃を自分の攻撃でかわす形になり、イライラしているのが手に取るようにわかった。
「「リガーレ!」」
細かく攻撃していた内の何度目かの一回、ユーリスとわたしの拘束魔法を放つタイミングが重なり、一瞬男の動きが止まった。
わたしの方は防がれたがユーリスの魔法は防御し損ねたらしく、男がもがく。
魔導士ではないユーリスが素手で放った防御魔法は明らかに強い魔導士の動きを完全に止めるには頼りなかったが、間違いなく大きな隙となった。
「ヴェール、下りて!」
『よし!』
言うや否や、ビュン、と風切音がして急降下した。ユーリスと男の間に素早く厚い防御膜を張る。
「インヴィオラ!ヴェール、ブレス!」
わたしの声と同時にヴェールが男に向かって火の息を吐いた。上空から大きく吐くのでは味方にも被害を与えてしまうが、この距離であれば、ユーリスさえ防御出来れば敵にのみ集中噴火出来る。
その時男がちょうど拘束を解いて舌打ちし、右手でこちらに防御魔法を放った。
ブレスは男の防御魔法と激突して互いに霧散したが、その瞬間ユーリスが"インヴィオラ"の光の膜を超えて剣で切り掛かる。
ハッと気付いた男は慌てて防御魔法を面で張ろうとするが、
「防御魔法は物理攻撃には効かない」
わたしが呟いたのと同時にユーリスの剣が男を捉えた。男の体から力が抜け、ばさり、とその場に崩れ落ちる。
剣に防御魔法が効かないことなどわかっていたはずだが、咄嗟の判断を誤ったのだろう。
すぐにわたしは魔導士に「リガーレ」と拘束魔法をかけた。
ホッと息を吐き、ヴェールの首筋をポンポンと撫でると嬉しそうにグルグル、と喉を鳴らした。
「カミーユ先輩!ヴェール!」
地上に降りたわたしたちにユーリスが駆け寄ってきた。
それを迎え入れながら、拘束した魔導士の元に向かう。
魔導士は血がダクダクと出ており、気を失っているようだ。
人質にするなら命まで奪わない方が良いかもしれない。
咄嗟に、持っていた回復薬を開けて傷口に少しだけかける。
するとジワジワと傷口が塞がり、出血は止まったようだった。
小声で呪文を呟き、縄を取り出す。
魔法で拘束してはいるが、上級魔導士では魔法を破られる可能性もある。
物理的に両手を後ろでに縛りつけて、念のため失神している彼に失神呪文を重ねがけする。
「よし、これでいい。ユーリス、怪我はない?」
「ありません。先輩も…ヴェールも、ありがとうございました」
無事を確認してホッとして息を吐くと、ユーリスは手を伸ばしてわたしの右手をギュッと握り、そのまま距離を詰めた。
驚いてパッと見上げると、ユーリスの凛々しく端正な顔がこちらを見下ろしていた。
「カミーユ先輩が…無事で良かったです」
突然のことに目を見開いたまま、ジッとユーリスを見つめる。ユーリスは目元から頬にかけてがブワッと赤くなった。熱があるかのように目が潤んでいる。ブルーグレーの瞳が、水面のようにきらきらと輝く。
なんだこれ。可愛い。
「…うん。ユーリスも」
何と返せばいいのかわからなくなり、動揺を何とか押し隠す。
ユーリスの熱が握られた指先から流れ込み、心臓が跳ね馬のようにバクバクと暴れた。
先ほどまで血生臭く戦っていたのに、その落差に視界がクラクラする。
「…俺の守護、まだ続いてますね」
ユーリスがわたしの頭のてっぺんからつま先まで視線をやると、なんだか裸を見られているみたいに恥ずかしい気持ちになった。
顔に熱が集まっていくのがわかって、居心地が悪い。
逃げたいのに、逃げたくない。
ユーリスの視線から外れたいのに、もっと見ていてほしい。
「あ、ありがとう。ユーリスに側で守られてるみたいで…心強かった」
素直に言うと、ユーリスの潤んだ瞳がもっと熱を持った。
眉がグッと顰められ、手は痛いぐらいに握られる。
ユーリスの右手がわたしの乱れたポニーテールと前髪を撫で付けた。
そのままするりと優しく手が降りてきて、頬の丸みを確かめるように輪郭をなぞられる。
じくじくと身体の真ん中が疼き、全身がビリビリと痺れた。
どうしていいかわからず、ユーリスの目を見つめる。
もう何度も見つめた、グレーがかった薄いブルーの瞳。
スッと通った鼻筋とキリッとした眉毛。
前世でも、今世で出会ってからも、ずっとただのちょっと生意気な可愛い後輩だったのに。
いつからかかっこいい男の人にしか見えなくなっていた。
真っ黒の髪がさらりと目にかかり、それを払ってあげたくなってソッと手を伸ばす。
サラリと流れて、切れ長なユーリスの目がはっきりとこちらを見つめていることがわかり、嬉しさと恥ずかしさに耐えきれなくなってちょっとはにかんで笑った。
「………可愛い」
「急に?」
思わずアワアワしていると、ヴェールに『おい』と声をかけられた。
『…そろそろ戻らないと』
ヴェールが少しからかうような口調で言い、思わずハッとした。ユーリスもわたしを見て「あ、」と声を漏らす。
「行こう」
離れがたく言うと、ユーリスも名残惜しそうに指を離した。
「帰ったら、時間くれますか」
どきどきと心臓がうるさく喉が締まり、もう声にならずうん、とだけ頷く。
ようやくユーリスも、ニッと笑って、仲間が戦う方へ駆けて行った。
『アツいねえ』
ヴェールが完全に囃すようにニヤニヤ笑って言い、わたしは気まずく黙ってヴェールの背に乗った。
どうせ何も口に出さなくても脳内で何を考えているか、全部バレているのだ。
わたしの心臓のドキドキも、指先に残るやましく疼く感触も、全部全部知られている。
「行こう」
『よし』
笑いを収めたヴェールはグッと背を上げて上昇し始めた。




