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39.互いの無事を(1)


***


そうは言ったものの、なかなかふたりきりで会えるタイミングは訪れなかった。


翌日、国の端でオークの群れが出現し、特殊部隊の約半数と竜騎士数名に出動命令が下ったためだ。

カミーユは勤務中だったが残留組になり、皆が支度している中その手伝いで奔走していた。


竜が住まう厩舎で、遠征組の竜騎士たちがバタバタと動いている。


「水のボトルがねえ!カミーユくれ!」

「はい!」

「紐締めるの手伝ってくれ!」

「はい!」


あちこち走り回りようやく落ち着いてふとみると、同じくふぅ、と息を吐くユーリスが隣にいた。


「守護魔法かけてたの?お疲れ様」

「はい…今回、遠征規模が小さいから神官様頼めなかったらしくて、ほぼ全員俺がやることに…一人でやるにはさすがに人数が多くて、ちょい疲れました。でも今竜騎士さんたち終わって、これでもう全員分です」


ニコッと笑ってくれて、わたしもホッとして微笑み返す。


あの夜、一緒に帰るまではギクシャクしてたのに、キスしてしまってからはむしろお互いに自然に話せているのはなぜなのか。


まだ気持ちを交わしてはいないけど、相手が自分のことを好きだとわかっているこの心地よさ。

ふんわりとした気持ちで笑っていたら、ユーリスが少し緊張した面持ちになった。


「カミーユ先輩、ひとつお願いがあって」

「ん?」

「守護魔法、かけさせて欲しいんです」


え、と驚いて見上げると、ユーリスはやっぱり真剣な顔だった。


「わたし居残り組だよ?」

「俺がカミーユ先輩と離れてる間、カミーユ先輩が無事だって安心していたいんです。先輩が守護魔法…苦手なのはわかってますが…」


グレーがかった蒼い瞳が不安そうにジッと見つめてきて、わたしは心臓がぎゅうんと締まるのを感じる。


こんなの、もうまるでわたしのこと好きって言ってるみたいだ。


思わず近くにいたヴェールの方を見ると、ヴェールは面白がるような、でも優しい口調で『かけてもらいたいならそうしろ』と言う。

意外なような気がしたが、ヴェールはいつだってわたしの意思を尊重してくれるパートナーだ。


「…うん。お願いしようかな」


ニコッと笑って頷くと、ユーリスもホッとしたように笑った。

ユーリスは右手の人差し指を立て、それ以外の指を軽くこぶしのように握りそのまま自分の額に当てる。左手は開いたまま手のひらを下に向けてわたしの頭に添えた。


「プレカリ・ディジティス・クルチアティス」


ユーリスがそう唱えた途端、温かい温度が全身の皮膚を包むように流れていく。

じんわりと温かく、まるで直接肌を撫でられているかのようで気持ちが良く、思わずふるりと震えた。


他の人ではダメで、ユーリスの守護魔法なら心地がいいどころか快感のようですらあるのは何故なのか。


「守護魔法かけられるの、気持ち悪いんですよね。大丈夫ですか?」


ユーリスに心配そうに問われ、わたしはううん、と首を横に振った。


「…気持ち悪くなくて。気持ちいいの。ユーリスにかけられると……」


ユーリスの顔をちらりと見上げながら白状すると、ユーリスは目を見開いた。


「…俺だけ?」


ぐっと真剣な顔をしたユーリスの視線がなんだか熱っぽい。恥ずかしいが、こくりと頷く。


「うん…」

「……ふうん」


嬉しそうに笑うから、思わずわたしも微笑んだ。

ユーリスは不意に仕事モードの凛々しい顔になった。


「俺、もう行かなきゃです」

「そうだね。気をつけていってらっしゃい」

「はい。行ってきます」


ユーリスはニコッと笑うと、駆け足で皆がいる騎士棟に戻って行った。




そう言って見送った半日後、特殊部隊の訓練場に同期で足の速いハイトが飛び込んできた。

もう陽は落ち始め、あたりはオレンジ色の光が照らしている。


「隣国からの攻撃が確認されました……….ッ!」


"拡声呪文"を使ったらしく、厩舎より高い空にいてもハッキリと声が聞こえる。


「何だと?!」


一緒に訓練に臨んでいた竜騎士隊の取りまとめ役であるアドリアンが深刻な顔になり、「訓練中止、皆地上へ!」と指示を出した。


今日は既にロデリックやアランはオーク退治に出ていて、残っているのはカミーユやアドリアンを含む七名だ。皆すぐに竜から降りてハイトの元に集まる。


アドリアンがハイトに詳細の聞き取りを始めた。


「場所はどこだ、相手はノクサールか?」

「はい、ノクサールです。場所は今隊がオーク退治に行っているロシュバール領で、先ほど"小鳥"が届いて知らせを受け取りました。

オーク退治が終わって一息ついていたところに相手が攻め入ったそうで…対人戦ではありますが、そのままロシュバールの騎士隊に協力して対処にあたっているとのことです」


ハイトが澱みなく報告した。


ノクサールは魔法大国で、長らくここトリヴェール王国と緊張関係にある。

国境境の領地であるロシュバール領では防衛騎士軍が設けられており、常に対ノクサール戦を想定した訓練が行われている。

本来、カミーユたちが所属する特殊部隊は『対魔物専門戦闘職』だ。人に対しての攻撃は想定していないが、それでも数の有利はあるだろう。


「そうか、俺たちもすぐに出よう。ノクサール相手じゃ魔法力が強い者が多くないと厳しいだろうし、近衛から応援部隊を今すぐ出発したとしても、ロシュバールに着くのは夜中だ。俺たちなら半刻もあれば着ける。

先発隊の指揮は副隊長だったな。この件、隊長にはもうお伝えしたか?」

「はい、こちらに来る前に指示を仰ぎました。隊長も『竜騎士隊にはすぐ出てもらえ』と。人数は半数、状況把握したら即刻出発して良いとのことでした」


ハイトは口も軽いしやんちゃだが、記憶力が良く人への説明も上手い。特にこういった緊急時の情報伝達に関しては、信頼がおける。


「わかった、ありがとう。すぐに出よう。メンバーは…そうだな、ヴィクトル、マクシム、カミーユすぐ準備しろ。俺も出る。

残りも帰らずに待機しておいてくれるか。戦況によっては、国を挙げての戦争状態になるかもしれん。その場合の指揮はリュシアンが取れ」

「はい!」

「承知しました」


みな口々に返事をし、一斉に動き出した。


「ヴェール、行こう」


カミーユはヴェールに駆け寄り、ヴェールも『久しぶりの戦闘だな』と気持ちを引き締めたようだった。




竜騎士四名で連れ立って出発すると、飛んでいる間は暇なせいでむしろ向こうの戦況が気にかかる。


今どういう状況なのか。

ユーリスは、大丈夫だろうか。


皆のことが心配なのに、ユーリスの顔が強く浮かぶ。

留守番組だった自分を歯痒く思いながら急いた気持ちでいると、ヴェールがそれに応えるように出来得る限りのスピードで飛ばして空を翔けぬけてくれた。


「もうすぐ着くぞ!」


事前にイヤーモニターの魔法をかけたので、アドリアンの声が鮮明に聞こえる。


今日は人数が多いので、アドリアンからの指示が通りやすように一方通行とした。

カミーユやその他の竜騎士たちの声は、アドリアン含め皆には聞こえない。


しばらくしてうっすらと豆粒ほどに見えてきた人影に目を凝らすと、ユーリスと見慣れない男が斬り合っている姿だった。

さらに奥には仲間たちがそれぞれ敵と戦っている。見る限り魔導士は数人、他は騎士で計数十名ほどだ。

特殊部隊もほぼ同数だが、竜騎士が三名いる分優勢と見るか、対人戦に慣れていない分やりづらいか。


どういう流れかは不明だが、ユーリスとその相手は主戦場になっている場所から少し距離を取って戦っていた。

少なくとも大きな怪我はしていなさそうで、少しホッとした。


「よし、カミーユはこのまま残ってユーリスを助けろ!俺たちは奥へ!」


カミーユが手振りで了承したことを示すと、アドリアンたちは奥の部隊を応援しに飛び去る。


カミーユがユーリスたち二人の元に辿り着くと、ヴェールが『グァアア』と炎のブレスを吐いた。



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― 新着の感想 ―
えー、戦争!対人戦かぁ。不安な気持ち。
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