『7』
「待て」
ユリウスが話し終える前に、トワの鋭い声が遮った。
「……なんでしょう?」
「その後はあの映像の通りということだな。しかし気になる点がある。あの変態王太子の痴態を見つけたのは偶然というわけか?」
ユリウスは一瞬だけ扇を止めるが、すぐにいつもの余裕を取り戻し、ゆったりと微笑みながら答える。
「ええ、偶然ですわ。ですが、それを利用しない手なんて、どこにもございませんでしたから」
落ち着き払った態度は、まるで挑発するかのように冷静沈着。
「なるほど......」
トワは意味ありげに頷き、その鋭い瞳を彼女にじっと向けた。
「だが、それ以外の部分は計画通りだったわけだな」
ユリウスの本性を暴き出そうとするかのような問いかけ。だが、彼女は微笑を崩さず、わずかに首を傾げるだけ。
「さあ、どうでしょう?」
まるで、巧みに張り巡らされた蜘蛛の糸をするりと抜けるように、彼女はトワの追及をかわした。
(ふふっ、この程度の揺さぶりで私の腹を探れるとでもお思いですの?)
しかしトワは動じるどころか、薄く口元に笑みを浮かべていた。
その笑みを目にし、ユリウスはわずかに警戒心を強める。
そんな彼女の心情など意に介さない様子で、トワはすぐに次の一手を投じる。
「俺にはお前を王族への反逆罪として連行する権利がある」
威圧と揺さぶりが込められた冷たい言葉。そこに情けは一切ない。
しかし、ユリウスは楽しげに扇を軽く揺らし、挑発的な笑みを浮かべて断ずる。
「まあ、それが脅しならば少々雑ですわね」
その一言に、トワの眉が僅かに動く。
「ふっ――脅しか。そう思うなら好きに言え」
「ええ。それ以外に何だと言うのです?」
試すように返しながら、ユリウスはトワの表情を窺った。
その微かな眉の動きを見るに、少なからず苛立ちを感じているよう。そんな好機を我がモノにせんと、彼女は鋭く問いを続けた。
「そもそもなぜ、あなたは三ヶ月という猶予に拘るのでしょう?」
瞬間、トワの瞳が一瞬細められる。しかし、すぐさま表情を取り繕い無愛想に返す。
「時間は有限。それ以上無駄な時間を費やすなど、効率が悪いだけだ」
(私に何をさせようとしているのかしら。そして、その“無駄”という言葉……そこには何か別の意図が隠されているような気がしますわね。ですが――)
そんな考えを巡らせながらも、今は下手を打つわけにはいかない。ユリウスは軽く息を吐き、扇に視線を落とすと、指先でその表面を静かになぞりながら微笑んだ。
「そうですか……分かりましたわ。まずは話を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「分かった。最近、王都内でとある事件が発生しているんだ」
トワは軽く息を吐くと、事件の概要を語り始めた。
「その事件自体、一見単純に思えるのだが、何か別の意図がありそうでな。ずっと引っ掛かっている」
トワの低く冷静な声に、ユリウスは静かに耳を傾ける。
「ここ数ヶ月、貴族の令嬢のみ次々と失踪しているのはお前も知っているだろ?」
「ええ、もちろん存じ上げておりますわ。なんでも、失踪してから数日も経てば無傷で戻ってくる。というものですわよね?」
「ああ。だが問題は、失踪中の記憶を全員が完全に失っていることだ」
それと同時にユリウスの瞳がわずかに細められる。
「記憶喪失……ですの?」
「ああ、それも例外なく全員、だ」
その言葉にユリウスは眉根を寄せる。
(誘拐した挙句、記憶を奪う? なぜそんな真似を……)
しかし、考えても理解には程遠い。彼女は再びトワの話に注意を向けた。
「おかしな点はまだ幾つかある。奇妙なのだが、失踪した令嬢たちの部屋には、陳腐な“契約書”が残されていることだ」
トワは静かに机の上に資料を置く。それを見つめるユリウスの目には微かな好奇が宿っていた。
「契約書……ですか?」
彼は静かに頷くと、その内容を読み上げた。
「『貴女の秘密と引き換えに、神への忠誠を誓いなさい。貴女は今から神を讃える天使。貴女の使命は悪魔を地に封じ込めること』――そう書かれている」
「……随分と意味不明ですわね」
「ああ」
トワが小さく頷くと、ユリウスはわずかに微笑む。
(これは、とても興味をそそる案件ですわね。ですが――この男の言いなりになるのは癪に触りますわ)
トワが話す事件につい、喉から手が出そうになるユリウスだが、そこをなんとか堪え、彼をじっと見据える。
「そして、最後の共通点なのだが――令嬢たちが失踪した部屋には必ず黒薔薇が残されている」
そこまで説明すると、トワは試すように彼女に問いかけた。
「これは単なる偶然だと思うか?」
「ふふっ、私を試していらっしゃるのですわね。それらが全て偶然なのでしたら、少々出来過ぎている気がしますわね」
「そういうことだ。この事件の犯人は既に目星を付けている。しかし、まだ表に出ていない何かがある、俺はそう考えている」
「なるほど。ですが、何故私に協力要請を? 自身の従者に任せればいいのでは?」
「ふっ、簡単なことだ。あの変態と名高い王太子に一矢報いた挙句、この俺を利用した度胸を買ったまでのこと。それに、私の屋敷には必要最低限の従者しかいない」
その無遠慮な言葉に、ユリウスの目が一瞬だけ細まる。しかし、まだ言葉は返さない。
(少々、刺が太すぎますが――そこは目を瞑りましょう。それよりも、従者が必要最低限しかいないということはつまり、彼は噂通り他者を信用しない殿方ということでしょう。そして、私を選んだのも、使い捨ての駒として利用しようという魂胆ですわね。とんだ無礼なお方ですこと)
内心で毒づきながらもトワの言動に注意を払い、次の問いを投げかける。
「では、なぜ三ヶ月という猶予を?」
「三ヶ月後に王家主催の茶会が開かれる。そこでお前が事件解決の成果を示せなければ――」
トワはそこで一旦言葉を区切ると、静かに、だが威圧的な視線を向け、言葉を続けた。
「お前の立場――いや、この場合、家の地位すら危うくなるだろうな」
そんな彼の態度に、僅かに苛立ちながらも、ユリウスはにこやかに返す。
「ふふっ、私が協力を拒んだ場合は、私の告白を王家に告げるとでもおっしゃるおつもりでしょうか?」
「その通りだ。詳細な経緯を添えてな」
トワはそう言うと、応接室に備えられた本棚へ向かい何かを取る動作を見せると、すぐにソファーへ戻り彼女に水晶を核としたアーティファクトを机の上に提示した。
(この男……呆れて物が言えませんわね。アヤム・セマニのように腹が真っ黒ですわ)
そんなトワの狡猾さと冷酷さを前に、ユリウスは心の中で深く嘆息すると皮肉を混じえた。
「この私に脅迫してくるとは……つくづく理解に苦しみますわね」
「ふっ、なんとでも言え。三ヶ月間、私の婚約者の振りをしながら、事件を解決へと導くことができれば良いだけの話だろ?」
トワは、自分が優位にあると示すように、軽く鼻を鳴らした。
(関わってはいけない相手を選んでしまった。そう、あの時の自分を恨む他ありませんわね。まあ、もっともこの男に踊らされるつもりは、毛頭ありませんが。とはいえ……今はまだ、その時ではありませんわ。ここは、次の一手を見誤らないよう、冷静に状況を見極める必要がありますわね)
彼女は内心で呟くと、軽く目を伏せわずかに唇を引き締める。
そして、再びトワを見据えると、腹を括った様子で了承を口にした。
「わかりましたわ。不本意ではありますが、仕方ありませんわね」
「物分かりが良くて助かる――と言いたいところだが、初めからお前に選択肢などない。互いにせいぜい上手くやろう」
トワがわずかに口角を上げるのを見て、ユリウスは小さく息を吐くのだった。
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