『5』
突然の宣言にユリウスは一瞬、目を見開きかけた。
だが、表情を即座に整え冷静な声で問い返す。
「三ヶ月とは、どういう意味でございますの?」
その問に、トワはソファーに深く腰掛けたまま、淡々と告げる。
「三ヶ月の間、私の調査に協力してもらう」
刹那の静寂。
ユリウスは軽く目を細め、扇を仰ぎながら微笑を浮かべた。
「……急に何を言い出すかと思えば。素性も分からぬ殿方に、私の貴重な時間を割けと?」
皮肉交じりの言葉。しかし、トワはそれを意に介さない。
「お前の領地では最近、陳腐な事件が発生しているらしいな」
赤い瞳がわずかに細められる。瞬間、空気が一瞬にして張り詰めていく。
「あら、そうなのですの? 私、初耳ですわね〜」
あえて飄々とした態度を崩さず、シラを切る彼女。
しかし、トワはそんな彼女をじっと見据え、わずかな揺らぎすら見逃さない。
二人の間に、目に見えぬ火花が散る。
まるで緊張の糸が張り詰めたかのような空気。
どちらが先に情報を引き出すか――静かな攻防が続く。そんな中、トワが再び口を開いた。
「この数ヶ月で起こった事件は――」
そう言って一冊の調査報告書を取り出すと、テーブルに投げるように置く。そこには、ユアマシャール領で発生している陳腐な事件の詳細がこと細かく記されていた。
事件の詳細は本当にくだらないもの。
何故か平民が住む区画のみで、女性の下着ばかりが盗まれるという珍事件。それに激怒した平民たちが、こぞってユアマシャール家に調査を申し立ててきたのだが――
彼女自身、そんなくだらない案件にやる気など到底起きなかった。
ユリウスは目を細め、扇を閉じながらそれを手に取り――流し読むうちに眉を寄せた。
(数ヶ月間音沙汰がなかったのはこれを調べるためでしたのね。それにしても、短期間でよくもまあ――ここまで調べたことですわね)
報告書を静かに閉ると、彼に視線を向ける。
「これを見せて私にどうしろと? ここから犯人を導き出せということでしょうか?」
「ふっ、その犯人は至極簡単。イタチなどの野生動物の仕業だ」
「は? まさかそんなくだらない事件だったと……? しかし、それならば何故、男性用のお召し物は盗まれなかったのか――いささか疑問でしかありませんわね」
予想外の答えにユリウスは一瞬目を丸くしたが、すぐに眉根を寄せて疑問を口にした。
だがトワは鼻を鳴らし、軽く肩をすくめて嘲笑を一つ。
「そこまで俺に甘えるということは、条件を飲むということだな?」
(俺……? 先ほどまで私と言っておりませんでしたっけ?)
そう訝しげる彼女だが、トワの一人称の揺れを気にするほど彼に興味などない。
涼しげな顔で特に気にも留めず、肩をすくめた。
「まさか? こんな案件の為だけに、なぜ私がトワ様の飼い犬にならなければならないのでしょう?」
そう言うと、ユリウスはふわりと扇を開き、反撃に出る。
「さて、貴方は何を企んでいるのですか?」
「企んでるもなにも。私はずっと言っているだろ? 三ヶ月、調査に協力しろと」
しかし、ここで従うほど彼女は素直ではない。
「ふふ、随分とお強気ですこと。ですが、私がその程度で――」
言いかけた瞬間、トワの赤い瞳が彼女を鋭く射抜く。
「一旦話を変えようか。お前に一つ、確認したいことがある」
次の言葉を封じるかのような、強い視線。ユリウスは胸の内で早鐘を打つ心臓を意識しながら、トワを見据える。
「確認したいこととは……?」
慎重にトワの出方を伺いながら、僅かに瞳を揺らし確認する。そんな彼女の表情を読み取ったのか、トワはニヤリと笑みを浮かべると、静かに問いを続けた。
「何故、|お前が婚約破棄をされた《あの》時、パバートの痴態を記録したアーティファクトを所持していた?」
その言葉には全てを見透かすような冷たさが宿っている。
ユリウスは一瞬、背筋が冷えるのを感じる。だがこれは十中八九――
(……罠、ですわね)
そう判断すると、軽い調子でひらりと交わす。
「たまたまですわよ?」
「そうか。偶然にしてはできすぎていると思ったんだが――いつからベリタス・フィユートとの仲に気づき、利用しようと考えていた?」
下手なことを言えば、すぐに食われるような鋭い言葉。ユリウスは微かに目を細め、無知を装った。
「さあ〜? 私にはなんのことだかさっぱり分かりませんわね」
だが、トワは追及の手を緩めるつもりは毛頭ないらしい。ユリウスの揺らぎを見逃さないと言わんばかりに、低く続ける。
「まだシラを切るつもりか、ならば視点を変えよう。何故お前はあの時、パバートの性癖だけを暴露した?」
その瞬間、彼女の心臓がドクリと跳ねる。
しかし、ユリウスは口元の笑みを崩さない。むしろ、わざとらしく微笑みながら、ゆるりと扇を揺らし答えた。
「暴露ですか? あれはただ、事実を申し上げただけですわよ?」
言いながらも瞳を最小限に抑え揺らす。
だが、その微かな動揺を、トワという男は見逃してはくれない。まるで、“事実を言え”というような無言の圧力。その目には“赤目の悪魔”と呼ばれる所以が見え隠れしているような気がして――
(……仕方ありませんわね)
ユリウスは静かに溜め息をつくと、ゆっくりと語り始めた。
「はあ――始まりは偶然でしたの。いつも通りパバート様に呼び出され、王城へ向かったある日のことです。私、そこで“ある場面”を見かけてしまったのですわ」
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