『36』
「はあ……罪を償う? どうして? 別に僕は事件を企てただけ。実行犯はそこの能無し王太子。僕は少し勇気を与えただけ」
小さくも嘲笑するような声に、空気が張り詰められていく。
しかし、ユリウスは気にも留める様子なく、問いかけた。
「罪を償う予定はないと……。では次の質問にお答えください。なぜ貴方は、あのようなメッセージを残されたのでしょうか? また、意味は?」
「簡単だよ。そもそもあんたならもうとっくに分かってるものだと思ってたけど?
“赤き目の悪魔が棲まう塔の崩落と共に、神もこの世を去る”これは、この馬鹿王太子が短絡的な性格が故にすぐに食いつき、勝手に自爆するのは目に見えていたから。
トワ・レイヴンを犯人としてでっちあげれば、こいつは大貴族としての地位が落ちる。その後、僕はパバート・フィッシャーとの関係を着る予定だった。僕が消えればこいつはどう行動すればいいか分からない。
つまり、勝手に自爆して追放されると思ってたからだよ。まさか、ここまでの能無しだとは思わなかったけどね。そしてなぜ残したのか。それはあんたへの情量酌量。ルクス・ルナエ・トゥリスで言ったよね?
トワ・レイヴンとの婚約なんて破棄する方が身のためだって。こいつは僕たちの計画によって潰れる予定だったから」
嘲笑しながらも淡々と答えるノクス。パバートは彼の真意を知り、目を見開き言葉を失っている。
そんな中、ユリウスはさらに質問を続けた。
「なるほど。私も甘く見られたものですわね。まあ、追求するほどのことでもないと理解できましたし、次に行きましょうか。では、どうやってパバート様に近づいたのでしょう?」
「ふっ、このバカ王太子に接触したのは、あんたの言った通りルクス・ルナエ・トゥリス。
そこで『貴方もトワ・レイヴンに奪われた人なのですね。私も、彼に両親を奪われてしまいました。どうでしょう? ユリウス様を奪ったのは紛れもなく彼だ。悪魔を一緒に退治しませんか? 神の裁きという明分で』って言ったら食いついてきたんだよ。
その後、別の家に仕える従者と王族だと怪しまれるから、僕の主であるべリタスに扮して合うことにした。商人の出だったフィユート家ならば、商談とプライベートは分けるからね。それに、同じ背格好で僕も裏声ならばべリタス・フィユートとそんなに変わらない声が出せたし。
でも今思うと、やっぱり頭の良い人間を選別すべきだったね。僕の目論見がすべて水の泡だよ」
「なるほど。つまり、パバート様を利用したのもトワ様だけでなく、使い物になりそうならば、貴族たちにもなんらかの復讐を成し遂げようと考えていたと?」
「まあそうだね。でも、貴族全体に仕掛けるなんて無理なことくらい僕も理解できてたし、本気でやろうとも思ってなかったけどね」
終始、淡々とした態度で答えていくノクス。ユリウスはそんな彼に小さな違和感を覚えながらもトワに関して言及した。
「なぜ、貴方はそこまで彼を憎むのでしょう? そもそも盗みは重罪ですわ。処刑は私もやりすぎだと思いますが、彼は命じられただけに過ぎません。命令を下したお相手ではなく、トワ様へ復讐なさるのは、些か疑問に残りますわね」
「命じた人がいたなんて今日この時まで知らなかったわけだから仕方ないよね?
そもそも、それが本当かも分からない。それにおかしいよね? なんであいつの復讐に協力した僕は罪を償うことを望まれて、父さんを処刑したあいつは罪を償はず、のうのうと生きてるの? 貴族だから?
しかも婚約までしているのはどうして? こいつにその価値なんてあるの? ないよね、どんな理由があれど、実行したこいつに幸せを得る資格なんてない。
だからさ、僕はこうなることも見越して、全てを終わらせようと思う」
ノクスはそう言うと、懐からナイフを取り出す。その刃が向けられたのは、トワではなく、ユリウスの胸元。
「……っ!」
周囲に緊張が走る。だが凶器を握った彼を前に、場内の誰もが緊張で身動きひとつ取れずにいた。
(あらあら、私に標的を合わせることでトワ様に自身と同じ境遇に立たせたいと……。パバート様と同様、愚劣極まりないですわね)
冷静さを装いつつ、回避策を瞬時に考える彼女。
刹那――
「ユリウス!」
トワが名前を呼びながら、こちらに駆け寄ってくるのがわかった。
スローモーションのように、彼の一歩が止まって見える。
(ふふっ、赤目の悪魔であるトワ様にあるまじき行動ですわね。ですが――)
彼女は、思いがけない彼の行動にわずかに胸を高鳴らせるが、その距離を考えると制止できるか五分五分。
(――万事休すですわね)
ユリウスは、内心で悟りを開き、そっと目を閉じる。
それと同時に刃が彼女の服をかすめ――
肌に達する直前。
「……っ、離せ!」
ノクスが声を荒らげ怒号した。
(……?)
ユリウスは訝しげながらも目をそっと開くと、トワの手が鋼のような強さで彼の腕を掴み、動きを完全に封じていた。
(トワ様……?)
なんとも言えない安堵感が胸をひしめき、じんわりと熱い何かが広がっていく。
「離せばお前はユリウスを手にかけるつもりだろ?」
「うるさい! あんたは僕の父さんを殺したじゃないか!? あんたも僕と同じ気持ちを味わえよ! お前の婚約者もべリタス・フィユートのように殺してやる!」
怒りと憎悪が入り交じった表情で殺意を漲らせ、ノクスは激怒するが、トワは一切動じない。
そんな緊迫感漂う光景を前に、ユリウスは満足気に微笑んだ。
(……なるほど、私もまだまだなようですわ。パバート様から婚約破棄の申し出があった際に感じた違和感――
あの妙な猫なで声の三流芸。あの時すでにベリタスさんは殺害されていたというわけですか……。
そして、理髪店で見かけたべリタスさんと、その後に出てきた白髪の男。きっと、あの時彼が理髪店に行ったのは、髭処理の為でしょう。屋敷内で彼女に成りすましているため不可能なわけですし、従者をつけていなかったのも理解できます。ただ、どうして今の今までバレなかったのでしょうか?
そこだけが疑問に残りますが――まあ、気にするだけ時間の無駄ですわね)
己の未熟を内心で嘆きつつも、点と線が繋がったことに納得すると、彼女は冷静にノクスを見据える。
その瞳に動揺など微塵もない。ユリウスはむしろ、彼の抱える憎悪の正体を冷静に見極めようとしていた。
一方のトワもノクスをじっと見据え、静かに言葉を紡ぐ。
「……お前の気持ちは分からなくもない」
「はっ……?」
その言葉は彼にとって意外だったのだろう。ノクスの動きが一瞬だけ止まる。
しかしトワは首を横に振り、すぐに続けた。
「だがお前はべリタスを殺害した挙句、何ら関係のないユリウスにまで手をかけようとした。そこに罪のない者を殺す正当性もない。俺も罪を背負って生きている。だからこそお前にも償って生きて欲しい」
彼の落ち着いた声は深い説得力を帯び、重く場に響く。
だが、それでもノクスは憎しみを捨てきれないのだろう。
「うるさい……この偽善者め! 罪を背負っているっていうんなら、僕みたいに一生一人で生きていけよ!」
その叫び声は震え、瞳には涙が滲んでいた。
ユリウスはそんな彼を見て、そこに言い知れない孤独と絶望が渦巻いているのだろうと、静かに推し量る。
トワはそれを受け止めように、穏やかに諭した。
「お前は一生一人で生きていくつもりなのか? 愛する人と共にいることすら諦めるのか?」
その言葉はノクスだけではなく、まるでトワ自身にも向けられているよう。
それと同時に、ノクスの瞳から大粒の涙が溢れる。
「……分かるわけないだろ! 父さんも母さんも死んで……僕の人生に未来があるなんて……。そもそも、悪魔が人間と婚約なんて、おかしいだろ!?」
そう必死に胸の内を露にしながらも、ノクスは力なく地面に崩れ落ちた。
場内は静寂に包まれ、誰もが少年の悲痛な姿をただ黙って見つめている。
――だが、次の瞬間。
「パバート・フィッシャー及び、ノクス・シパリオンを捕らえよ!」
威厳に満ちた声と共に、国王が従者と警備兵を従えて現れた。一瞬にして場の空気が引き締まり、全員の視線が彼に集中する。
「お、お父様、なぜここに……!?」
蒼白になった顔で狼狽えるパバートに、国王はギロリと鋭い視線を投げつける。
「何故だと? ここまで騒ぎを起こしておきながら、自分がまだ守られる立場だとでも思っているのか!」
その吐き捨てるような言葉に、周囲の者たちが身をすくませる中、ユリウスだけが優雅に扇を口元にあて、涼しい顔で微笑む。
「お、お前、まさかお父様に……」
「ええ、陛下には事前に全てご報告させて頂いておりましたわ」
ユリウスが冷ややかに告げると、パバートは怒りと絶望で顔を歪ませた。
「き、貴様……っ!」
歯噛みするパバートを尻目に、ユリウスは扇を静かに閉じ、一歩前に出て国王に進言する。
「陛下、真相はご覧になった通りでございますわ。後は陛下のご裁断にお任せ致します」
国王は小さく頷くと、厳しい表情でパバートに言い放つ。
「見損なったぞ。もはや貴様を王太子――いや、王族として認めることはできん!」
そして、続けざまに兵たちに命令を下した。
「こやつらを縛り上げ、牢に連れていけ!」
「はっ!」
警備兵たちは一斉に動き出し、逃げる隙も与えず素早くパバートとノクスに迫った。
ノクスはすべてを受け入れたように、抵抗することなく静かに捕縛される。しかし、パバートだけは違った。汗だくの顔で往生際悪く懇願を繰り返す。
「お、お父様! 私は嵌められたのです! どうか、暖なかご慈悲を……!」
だがその声は虚しく響き、誰の耳にも届く気配はない。
国王は冷たい視線をパバートに注いだまま、わずかな逡巡を挟んでから再度兵士に命じた。
「早く連れていけ」
「お、お父様! お願いです。どうか暖かな御心を……!」
なおも言い訳や懇願を重ねるパバートだったが、兵士に無理やり引きずられ、その声は次第に遠ざかっていった。
◇
――緊迫感が徐々に解け、空気が緩む頃。
事件が解決し、ユリウスは内心で安堵の息をつく。
(どうにか事件の真相を解明することが出来ましたわね。ですが……それと同時に、これで私とトワ様の関係も終わり――)
その瞬間、彼女の中にやるせなさが湧き上がる。
これ以上感情を表に出すわけにはいかないと自分に言い聞かせ、再び平静を装おうとしたその時――
「ユリウス。少し話がある」
トワの静かな声が耳に届いた。
「ここではできぬ話をするのでしょうか?」
ユリウスはわずかに瞳を揺らし問い返す。
すると、彼は周囲の視線を避けるように“ああ”と一言。
彼女を促し、二人は人目につかぬ場所へと歩み出した。
◇




