『34』
「こちらのお香の入手経路はルクス・ルナエ・トゥリス。非常に特殊な入札方式が採用された品です。オークションの最後に出品されるこの品は、後の調査で判明したのですが、本来なら“金貨五百枚以下の入札は自動的に拒否される”という特別な設定が施されておりました」
場内がざわめくのを抑えるように、彼女は扇を一振りして言葉を継ぐ。
「しかし、私が購入した時だけ設定ミスがあったのでしょう。本来、犯人以外に落札されることはありえなかったこの品を、偶然私が入手した、というわけですわ」
会場内の空気が一層張り詰める中、ユリウスはさらに踏み込んだ説明を始めた。
「そして、犯人がわざわざこのような手の込んだ手段を講じた理由――それは単純です。こちらのお香は、事件を起こす際の重要な“道具”であり、さらに言えば未完成の試作品だったのでしょう。自宅に証拠品を置いておくリスクを避けるため、あえて運営と手を組んで“安全な隠し場所”としてオークションを利用したのではないでしょうか?」
彼女は一拍置き、鋭い視線をパバートへと向けた。
「事件で使用する際には、自らが毎回落札し、回収する。その際、匿名を使い分ければ、他人の目からは偶然、複数の人物が別々のタイミングで落札しているように見えますわね。そして、“特別な入札制限”を設けておけば、他者が誤って購入する危険性も低なくなるという仕組みというわけです」
ユリウスは再び扇を畳み、冷ややかな笑みを湛えて周囲を見回すと、あえて一拍の沈黙を置き、続けた。
「さて、私が購入したということは理解できたでしょうから、次へ行きましょうか。次は――そうですわね。ついでに、令嬢たちの証言に潜む“不可解な矛盾”にも触れておきましょう」
その言葉が投じられると同時に、会場内の空気はさらに緊張感を増していく。
「先の方でトワ様が説明してくださった通り、このお香には記憶を曖昧にさせる作用があります。ですので、被害者である令嬢たちの記憶も自ずと消失していたはず。にもかかわらず、パバート様の呼び掛けで突然詳細に事件を語り出しました。これは明らかな違和感でしかございません」
ユリウスは、目を細めて一人の令嬢を指差した。
「さて。こちらの御令嬢は確か、『背中に蝋を垂らされた』と仰っておりましたわよね? そこで確認作業に入りたいと思います。こちらの御令嬢の従者、もしくは婚約者の方はいらっしゃいますか?」
すると、周囲から一人の従者が戸惑いながらも名乗りをあげる。
「私ですが……何か?」
「意識を失っている中、心苦しいことではございますが、ドレスの背中を緩めて差し上げてくださいませ」
瞬間、予想外の要請に従者は困惑し、怯えたような視線をユリウスに向け声を震わせながら反抗の意思を示す。
「お、お言葉ですが……」
しかし、彼女は最後まで言葉を紡がせる気など毛頭ない。
「証拠がございますの。その証拠を皆様に提示したあと、もし私が間違っていた場合には、貴方がたの主に謝罪いたしましょう。――それでも抵抗なさるというのなら、貴方にも共犯者の疑いがかかりますがよろしいのでしょうか?」
従者はユリウスの言葉に顔色を失いながらも、震える手で令嬢のドレスを緩め始めた。すると、傷一つない滑らかで美しい背中が衆目に晒される。
「あら……、おかしいですわね? 蝋を垂らされたと証言しておられたはずですが、火傷の痕さえありませんわね」
会場からは驚愕と動揺のざわめきが一斉に沸き起こる。
その混乱を見透かしたように、ユリウスは自身の従者に命じた。
「では次に、こちらのアーティファクトを再生して下さい」
「かしこまりました」
従者は淡々とした様子でアーティファクトを起動すると、空中には鞭打ちや蝋による拷問を受けた女性の、あまりに生々しい映像が映し出された。
それと同時に、男たちが一斉に顔を背け、呻きを漏らす。
そんな中、ユリウスは毅然とその映像を指差した。
「これが本物の火傷の痕跡です。ですが証言した令嬢にはその痕がない。――さて、これはいったい何を意味するのでしょうか?」
ユリウスが視線を向けた先では、観衆が疑念と戸惑いに包まれている。
しかし、彼女は気に留める様子もなく更に続けた。
「これは偶然でしょうか? それとも――誰かが意図的に令嬢たちへと虚偽の記憶を植え付けた証拠なのでしょうか?」
すると、一人の男が呟くように言葉を投じる。
「偶然にしては、あまりにも出来すぎている気がする……」
その呟きを皮切りに、場内では「誰かが裏で糸を引いていたのでは?」という囁きが広まり始めた。
彼女はその回答に満足げに微笑みを浮かべ、冷徹に結論を言い放つ。
「ええ、誰かが令嬢たちに虚偽の記憶を刷り込んだのは明白ですわね。曖昧な記憶状態にあった令嬢たちに、自分にとって都合のよい記憶を植え付け、トワ様に疑念の目が行くよう仕向けた。そして、令嬢たちの誘拐はカモフラージュに過ぎず、本来の目的は別にあった。多分ですが、最初から犯人たちの狙いは私とトワ様のみだったのではないでしょうか?」
ユリウスの言葉を受け、「なぜ貴女とトワ様が?」と言う疑念の声が上がり始める。
「それはきっと、犯人が短絡的な癖に、プライドだけは一人前にあったからでしょう」
その回答に、場の視線が自然とパバートへと向かう。
「な、なぜ私を見るのだ!? もしや、私が短絡的で思考の浅い人間だと思っているのか!?」
観衆の間には、誰もが深い困惑と疑念を隠せずにいるもよう。
そんな中で、トワが彼女に問いかけた。
「ふっ、こいつが馬鹿なのは皆が理解していることだろう。しかし、犯人として明言する根拠は一体なんだ?」
「ふふっ、そうですわね。それは簡単ですわ。黒薔薇事件の被害に遭った女性の部屋には、必ずブラック・バカラという品種の黒薔薇が残されていたのです。こちらはパバート様の偏愛されている花で、王都内の庭園に多数咲き誇っていますわね。そして、令嬢たちの証言。こちらは犯人やユアマーシャル家の者と、トワ様くらいしか知りえませんわね。それから――」
ユリウスはそこまで言葉を紡ぐと、一拍。息を入れるように区切り再び言葉を投じ始めた。
「ドゥレッツァ家に残されていた鹿革の鞭。あれもパバート様が以前、とある令嬢と行為に勤しんでいた際に使われていたものと類似しておりました。他にも声質が若干似ておられたり、自身のことを神だと称したり契約書にまで神だ天使だと彼が好みそうな言葉が多数。とはいえ、契約書の件は推測の域から出ませんが、きっと意識が朦朧としている彼女たちを支配し、優位に立てる状況に承認欲求が満たされ、満悦できたことが起因しているのでしょう。その観点から推測は安易にできましたわね」
そんな彼女の推理に、周囲もそれだけ痕跡を残せば誰でも分かると言いたそうに苦笑を漏らした。
そんな中で、トワが彼女に問いかけた。
「ふっ、こいつが馬鹿なのは皆が理解していることろだろう。しかし、犯人として名言する理由は一体なんだ?」
「なるほどな。だが、この事件は二人組の犯行だろ? もう一人は誰だ?」
二人の掛け合いはまるで舞台の演目かのようなテンポ感。
しかし、これは紛れもなくトワのアドリブ。
(ではフィナーレと行きましょうか)




