『28』
六日後。
青々と澄み渡る空に、高く舞う鳥たちの影が小さく落ち、爽やかな風が頬を撫で――真実を暴くには申し分のない、絶好の告発日和。
そんな中、ユリウスは普段より少しだけめかしこんで準備を整えると、馬車へ乗り込んだ。
向かう先は、王宮。
理由は至極簡単。トワと結んだ協力関係の期限となる今日、王家主催のお茶会へと向かうため。
とはいえ、建前上の婚約者はトワ。王宮へ向かう前にユリウスはレイヴン家に足を運んだ。
(今日が協力関係最終日、ですわね……)
複雑な感情を抱えつつも浮き足立つ気持ちを抑えきれず、ユリウスの胸はソワソワと落ち着かない。レイヴン家の門前に到着すると、そこにはいつもと変わらない重厚な空気が漂っていた。
一方のトワも、門の向こうに彼女を見つけると、いつも通りのゆったりとした歩調で近づいてきた。
「ごきげんよう、トワ様」
「ああ、今日は晴れてよかったな」
そんな会話を交わすトワもまた、普段より少しだけ身嗜みを整えていた。
髪の流れも綺麗に整えられ、衣装も微妙に気品が増している。
あまり見ることのない彼の正装姿。
ユリウスは、微かに顔を綻ばせる。
しかしトワは、どこか不機嫌そうに、まるで拗ねた子供のような問いを投げかける。
「――ところでお前、何故そんなにめかしこんでいるんだ?」
その声音には、いつものポーカーフェイスは影を潜め、自分でも制御しきれない感情が滲み出ているよう。
(どうしてそんなにムッとされていらっしゃるのかしら?)
ユリウスは内心で首を傾げつつも、自然な挨拶の延長としてさらりと返した。
「淑女たるもの、身嗜みには気を使わねばなりませんから。特に王族からの招待となればなおさらですわ」
トワは彼女の返答に、理由の分からない苛立ちを覚えつつも、“そうか”とだけ返して視線を逸らした。
だが、その態度がユリウスの悪戯心に火をつけたらしい。
「私にめかしこんでいると言いながら、トワ様だって十分気合いを入れていらっしゃるではなくて? もしかして、本当の婚約者でもお探しになるおつもりなのかしら?」
皮肉交じりの言葉を放ちながらも、それを口にした途端、ユリウスは胸の奥にズキッとした痛みを覚えた。
(私とトワ様は偽りの婚約者。それを分かっていながら、悲しいなどと思ってはダメよ)
自分にそう言い聞かせるが、痛むものは痛む。
彼女は俯きがちに胸元を押さえ、熱いものを必死に堪えた。
一方のトワも、彼女の変化にすぐ気づく。
(さっきまで悪戯っぽく笑っていたのに、急にそんな顔をするな。……調子が狂う)
彼は胸にざわつく違和感を覚えつつも、その理由を掴めない――いや、本当はもうとっくに気づいていた。
(……今日で三ヶ月。ユリウス、お前は俺の事をどう思っているんだろうか? お前は俺のことなど興味ないのだろうか?)
一瞬過ぎる複雑な感情。だが、三ヶ月という期限を決めたのは自分。
(今回のお茶会で、真相が暴かれることになるだろう。そうなれば、俺とユリウスの関係は今のままでは終わりを迎えてしまう。とはいえ、こいつは以前、二度目の婚約破棄など許さないと言っていた。最悪、それで縛り付けるという手も――俺は何を考えているんだ)
トワは自分の中に芽生えた独占欲を必死に押し隠すように、わざと素っ気ない態度で言葉を放つ。
「うるさい、お前には関係ないことだろ」
瞬間、二人の間に奇妙な空気が漂い始めた。
それを察したのか、レイヴン家の従者が二人を馬車へと誘導するように、声をかける。
「そろそろ出発致しますので、馬車の方へどうぞ」
「……ああ、分かった。では行こうか」
トワは自然な流れでユリウスに手を差し出す。
ユリウスからすれば、彼からのエスコートなどとうに慣れていたはず。
なのに――今日に限って、彼女の手は微かに震えていた。
(トワ様は、私のことなどどうでも良さそうですわね……。二度目の婚約破棄……きっと、私はこの先独身を貫くことになるのでしょう。独身貴族――滑稽ですわね)
ユリウスは胸の奥に疼く小さな痛みを押し殺すように、静かに彼の手を取った。
その手はひんやりと冷たく、まるで血が通っていないのではと錯覚しそうなほど。それでも微かに伝わる彼の温もりが、彼女の胸をじんわりと熱くしていく。
馬車に乗った二人は、しばし無言で車窓に目を向ける。
微かに桃色に染まる二つの頬。
そんな様子を見守りながら、従者は扉をパタンッと閉じ――馬車は静かに王宮へと走り出すのだった。
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